前編に続き高屋先生に、精神医学の進歩や、
精神科看護が身体科の看護と異なる点などを語っていただきました。
精神医学の進歩
中:先ほど精神科医療の歴史をお聞かせいただきましたが、精神医学はいかがでしょうか。
脳機能の解明という点でも、やはり大きく進歩していると思いますが。
高屋:私が医師になった頃、脳内での神経伝達の本質や、
幻聴や妄想が起きるメカニズムなどはまだあまり解明されていませんでした。
その後、ドーパミンやセロトニン等の神経伝達物質の解明が進み、
治療においても副作用の少ない非定型抗精神病薬が登場するなどの進歩を遂げています。
また現在「統合失調症」と呼ばれている疾患はかつて「精神分裂病」と呼んでいました。
精神分裂病と言うと、その名前を聞いただけで患者さんやご家族も驚いて悲観してしまうため、
我々も滅多にその病名を伝えることができませんでした。
「心因反応」などといった、何となくわかるようでいてわからない病名を使っていたものです。
疾患名を変更し、このような障害を取り除いたことも、進歩の一つと言えるのではないでしょうか。
中:「現在は患者さんをなるべく早く退院させて地域で診ていく」というお話がありましたが、
貴院では具体的にどのような施策をとられていますか。
高屋:入院機能に関しては、なるべく必要とする医療密度が濃い患者さんに当てるようにしています。
例えば先ほど申しましたスーパー救急病棟などはその筆頭で、精神科における急性期医療とされます。
診療報酬的なメリットもあります。
一方、外来機能に関しては、これも先ほど申しましたが、
昨春開設した津久井浜のサテライトクリニックで受け付けるように移行しています。
さらに実は、私は当院の理事長・院長のほか、社会福祉法人の理事長も兼務しており、
グループホームなども運営しています。
これらの施設を利用し、入院された患者さんが早期に退院でき、もし退院後に
再び具合が悪くなるようなことがあれば、一時的に再入院していただける体制を展開しています。
疾患の理解の啓発
中:一般の方の理解という点はどうでしょうか。
精神科の疾患は他の臓器の疾患と比べると、
まだ理解されてない面があることも否定できないように感じますが。
高屋:精神科疾患も早く治療を開始するほど障害も残らずに治っていくことが多いのです。
病院へ行くことを躊躇し、具合がかなり悪くなってからようやく病院へ来られたのでは、
入院せざるを得ないという事態になります。
ですから、眠れないとか不安があるといったことでも気軽に医療にアクセスしていただくことが大切で、
津久井浜のクリニックを開設したのも、それが一つの目的です。
中:そういった情報を市民に啓発する活動も必要ですね。
高屋:例えば、統合失調症もストレス等により誰にでも発症し得る疾患です。
患者さんが特別な存在なのではありません。
そういったことの啓発のため、当院で随時、講演会を開催しています。
身体科看護との違い
中:ここで少し看護師についてお伺いしたいのですが、精神科看護師と精神科以外の看護師では、
何か違いがあるとお考えになりますか。
高屋:内科や外科ですと、薬剤や点滴を間違えないようにといったことに、たいへん神経を使います。
しかし精神科看護の場合には、患者さんにどのように接し、どういう言葉をかけるかが非常に大切です。
相手の気持ちをどのように理解するかもポイントですし、患者さんを傷つける可能性がある言動は控えなければいけません。
身体科との違いはそういった点です。
中:非常に勉強になります。
言葉や表情に、より細心の注意を払えるかどうか、ということですね。
高屋:そういう注意点をきちんと自分で意識していく必要があります。
軽い気持ちで言ってしまった言葉が患者さんを傷つけてしまうこともあるからです。
患者さんの顔をしっかり見て話をすることも大切です。
精神科看護に必要なこと
中:では先生が、精神科看護師に「このように進化して欲しい」と期待される将来像はございますか。
高屋:まず「自分は何をやりたいか」を明確にして、それに携わってみることだと思います。
その分野での経験を積んだ上で、改めて別の専門性を目指していけば良いと思います。
もう一つは、やはり職場でのチームワークを大事にしてほしいと考えます。
精神科には、医師や看護師の他に、精神保健福祉士、作業療法士、心理士など多数のスタッフがいます。
そのスタッフ全員が患者さんに関する事細かな情報を共有しなければいけません。
そのためには互いに良好な関係が求められます。
自分の技量だけではなく、全員で良い医療を提供していく方法を、ぜひ考えていただきたいと思います。
院内ゴルフコンペ
中:ここで話題を変えまして、先生のご趣味を教えていただけますか。
高屋:趣味はゴルフです。
久里浜から東京湾を渡った対岸の金谷までフェリーがあり、40分ぐらいで千葉県に行けます。
千葉県はゴルフ場が多く、しかも今すごく値段が安いのです。
ですから病院のバスで駆り出して、みんなでゴルフをしに行きます。
また年に3回、院長杯・理事長杯を開催し、30〜40人ぐらいでコンペをします。
ゴルフの他には院内に野球部があり、以前は私も参加していました。
病院協会の野球大会では常にAクラス入りの強豪です。
スポーツで作られた人間関係は医療にも生きてくるのですね。
「みんな一緒に頑張ろう」というチームワークが自然にできあがるように感じます。
スタッフには「仕事ばかりでなくスポーツをして遊びなさい」と言っております。
中:自らの精神的な健康を保つにも、スポーツは良いかもしれませんね。
高屋: 医療従事者は自分の生活も大事にしなければいけません。
仕事を頑張るのは良いのですが、自己犠牲的な精神では続きません。
自分なりのゆとりをもった中できちんと仕事をしていくこと、
それが患者さんにも良い影響を及ぼすのではないでしょうか。
看護師へのメッセージ
中:力強くて優しい多くのアドバイスをいただけたと思います。
それでは最後に改めて看護師へ向けたメッセージをお願いします。
高屋:当院は、今年の6月にスーパー救急病棟を開設し、
患者さんをより早く治療し家庭に戻すという方針で、治療を行っております。
病棟でも若い力が治療に大きく役立っています。
このような医療をもし目指されている方がいらっしゃれば、ぜひ当院にいらしていただきたいと思います。
また当院には認知症治療のための病棟もありますから、
高齢者のケア・看護をしたいという方も多く働いています。
そういった看護を目指すという目標がある方も、ぜひ来ていただきたいと思います。
さらに、軽症うつの方などに対する、いわゆるストレスケアも行っています。
ゆったりした環境で患者さんの話をよく聞きながらケアを実践しています。
周辺ののどかな環境を生かして、患者さんとともに散歩に出るのも良いでしょう。
このような環境にご興味があれば、ぜひ来てきていただきたいと思います。
インタビュー後記
三浦海岸駅は夏真っ盛り。
海水浴シーズンはとても賑やかな駅ですが、福井記念病院は小高い山の上にあり、喧騒を抜けた緑溢れる場所に位置します。
高屋先生のおっしゃられた「自分は何をやりたいかを明確にする」ということは、まず自分が関わっている医療に
向き合い、真剣に問い続けなければ出ない答えかもしれません。
ただ、意識して目の前の患者さんを大切にしている中で、どの科にも「看護」は存在することに気付けるかもしれません。