No.155 浅川佳則様(ねや川サナトリウム)前編「精神科病院で学んだ看護のやりがい」

インタビュー

今回は、ねや川サナトリウムの看護部長、浅川佳則様にお話を伺いました。

男性看護師として草分け的存在の浅川部長に、精神看護のやりがい等をお聞きしました。

もともと看護師志望ではなかった

看護師になられた経緯や動機について教えていただけますか。

浅川:もともと看護師をめざしていたわけではなくて、大学は経済学部を卒業し、一般企業に6年間勤めていました。

営業職です。

転職を考えたときに、資格が必要な職に就きたい、手に職のある仕事をしたいと思い、知り合いに看護職の人がいましたので、

話を聞いてみましたら「仕事をしながら資格がとれる病院がある」と伺い、それがこの「ねや川サナトリウム」でした。

男性看護師はまだ少なかった時代ではないでしょうか。

浅川:そうですね。

当時は名称も「看護師」ではなく「看護婦」でしたし、私自身、男性看護職へのイメージがなくて、どんな仕事をすればよいのだろうと思いました。

実際に勤めてみると、精神科の病院ですので独特な部分はありますが、奥が深くてやりがいがあり、今に至っています。

仕事も面白く思っています。

面白さを具体的に教えていただけますか。

浅川:精神科は“心の病”を診、扱う科なので、人と人とのかかわり方、患者さんとの接し方が大事になってきます。

自分たちの接し方一つで患者さんが実際に変わっていったりします。

仕事を続けていると、そこが非常によくわかりますし、面白さでもあり難しさでもあり、醍醐味でもあります。

患者さんと意思の疎通を図ろうと思うならば、その患者さんに自分を受け入れてもらわなければなりません。

最初はうまくいかなかったり、受け入れてもらえなくても、毎日、声をかけるとか、

ほんのちょっとしたかかわりを地道に積み重ねていくことで、心を開いてもらえ、関係性ができてきます。

患者さんも自分も、お互いが変わっていける、そういうところが面白いし、やりがいを感じますね。

毎日の積み重ねが大事ですね。

浅川:そう思います。そして小さな変化は見えにくいものです。

しかも精神疾患の患者さんは長いかかわりになってしまうので、自分たち看護の側が患者さんの可能性が見えずに諦めてしまったりすると、

小さな変化をとりこぼしてしまうことになります。

毎日の積み重ねは、相手が変わることを本当に信じないと、やっていけません。

患者さんの変わる力を信じ、自分たちの思いや取り組みが、いつか患者さんに受け入れてもらえて、患者さんがよくなっていくと信じること、

そして諦めないことが非常に大事です。

信念が必要なのですね。

浅川:コミュニケーションも大事です。

患者さんとのコミュニケーションが大事なのは精神科に限らずどの診療科でも同じですが、

とりわけ精神科においては、コミュニケーションを通じての看護・ケアは、専門性の意味でも基本であり、非常に重要です。

精神科看護を希望して、就職先に私共の病院を選んでくれる人たちもそこはわかっていて、

志望の動機で「人と人とのかかわりがしたい」とおっしゃる方が多くいます。

患者さんの発した言葉の背景に気づくことが大事

精神科ではどんな看護記録を残していくのですか。

浅川:看護記録を書くときに着目するのは、患者さんの発した「言葉」です。

ここが他の科と少し異なります。

患者さんが実際に話した言葉や、いろんな事柄を詳細にそのまま残していく必要があります。

例えば、ある患者さんが幻聴で「『死ね』とか『お前は駄目だ』って言われた」と話したら、単に幻聴を起こしたと片づけるのではなく、

なぜそういう言葉が聴こえたのか、そこをアプローチしていくことが大事です。

その患者さんが生きてきた生活の中で、悪口を言われ罵倒され続けてきた体験が、幻聴となって現れることもあるからです。

患者さんの発した言葉の背景って、大事ですね。

浅川:言葉の背景には、その患者さんの家族歴があり、人生があります。

患者さんに対する言葉かけや表情も大切になってきますね。

浅川:非常に大切です。

精神科で一番多いのが統合失調症ですが、100人いれば100人が違う症状です。

統合失調症患者と一言で言っても、おそらく同じ症状の人は殆どいません。

なぜなら、いま申し上げたように、人は一人ひとり生まれ育ってきた環境が異なるし、統合失調症はそうした影響を強く受ける疾患だからです。

患者さん一人ひとり、生き方も価値観も異なるということを理解していれば、患者さんに対する言葉かけや表情も自ずと変わってくるはずです。

今まで生きてきた価値観や考え方でその人が成り立っているということですね。

浅川:そのとおりです。

私は看護学校などで学生さんたちにお話をする機会も多いのですが、そこでよく言うのが、

「多様な価値観を認めよう」「患者さんの価値観は自分の価値観とは全然違うかもしれないけれど、それを認めよう」です。

私にしても学生にしても、人間誰しも自分なりの価値観があるものですが、精神科看護を行っていく上で大事なのは、

相手の価値観を認めること、多様な価値観に触れていくことが、看護の幅を広げる意味で非常に大事だと思います。

印象に残っているエピソードはありますか。

浅川:思春期の時にいじめを受けた患者さんは、自尊感情が低い人が多いのですが、

そうした人にいくら「あなたはそうじゃない」「そんなことないよ」と否定しても、なかなか受け入れてもらえません。

ついそうした言葉をかけてしまいがちですが、 “共感”というか、その患者さんの辛い感情に寄り添っていくことが本当は必要なのだと思います。

「同感」ではなく「共感」が大事なのですね。

浅川:患者さんをマラソンランナーに例えれば、沿道で声をかけたり、並走したり、

沿道ステーションでお水を渡したりするのが、自分たち援助者の役割であったり、立場なのかなと思います。

当院のホスピタルテーマに「いっしょにがんばろうよ」というものがあります。

これには2つの意味があり、1つはチーム医療として、医師や看護師やコメディカルが協働して頑張る。

もう一つは、医療者と患者さんが互いに協力し合って頑張る。

精神科の治療にはどうしても後者が必要で、ここが「共感」に通じるところかなと思います。

「協力し合う」というのは、素敵ですね。

例えば医療者が協力的な姿勢を見せた場合、患者さんもそれに応えていくという感じなのでしょうか。

浅川:精神科では、どうしても患者を助けるという意味で強制的な治療、強制的にせざるを得ない部分も出てきてしまいます。

そうしたなかで、いまは患者さんには理解できないかもしれないけれど、あなたを助けるためにこういうことをするんだということをきちんと伝える。

真摯に伝えていくことで、のちのち協力関係ができるようになり、認めてもらえることが最大のタスク(課題)だと思います。

精神科の再構成について聞いたことがあるのですが。

浅川:難しいところですね。

昔はそれこそ長期入院の方がいましたが、精神科病院の在り方も時代とともに大きく変化してきています。

一般病院に急性期病棟があるように、精神科病院でもいかに早期介入をして集中的に治療を行い、地域に早く戻ってもらえるかを考えています。

地域で生活するようになることが治療の基本ですから。

当院には救急病棟もありますし、持効性注射剤(Long Acting Injection;LAI)治療を受けている患者さんもいます。

2週間に一度とか1か月に一度外来通院で注射をすれば、その間は薬を服用しなくてもコントロールできる治療法が増えてきました。

職場で一日に4回も5回も薬を服用することはなかなかできないものですが、持効性注射剤であれば負担も減り、周りの人の眼も気になりません。

LAIは画期的ですね。

浅川:精神科病院での治療は今も昔も統合失調症が一番多いのですが、

うつ病の患者さんや神経症、発達障害(自閉症スペクトラム障害など)、認知症というように、抱える疾患が幅広くなってきています。

高齢社会における精神科病院の在り方

精神科という括りの中に認知症も入るのですか。

浅川:高齢社会ですので、どこの病院でもどこの科でも認知症の患者さんは診ていると思います。

精神科では今まで周辺症状といわれてきたBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia、行動・心理症状)による暴言や暴力、

昼夜逆転などで介護抵抗のある患者さんに対して、従来の身体拘束・抑制ではなく、薬物療法を中心に行ってきています。

認知症というと、体幹や四肢をベッドに縛る身体拘束の印象があるのですが。

浅川:当院でも一部にあることはあり、人権と倫理の問題もあり難しいところです。

どうすれば患者さんの苦痛を軽減できるだろうかと考えますが、片方で拘束をしないと事故を起こす危険性もあり、日々の工夫と努力は欠かせません。

精神科病院は、かつてはいろんな不祥事がありましたので国全体でみたときに一部偏見がもたれていることは事実です。

そうしたなかで、当院ではピアサポーター(精神疾患を持つ当事者の方)さんを導入し、患者さんのところに出向いてもらったり、職員向けに体験談を話してもらったりしています。

ふだん患者さんはなかなか職員には本心を話せないものなので、日頃の自分たちの仕事を見直せるように定期的に話を聞いたりしています。

私事ですが、祖父が認知症で精神科に入院していました。昔のイメージとは全然違ってきていると感じました。

浅川:ここ寝屋川市は人口22~23万人のいわゆる中核都市ですが、市内で精神科のベッドを有している病院は当院だけです。

もちろん、メンタルクリニックや心療内科は市内にたくさんあるのですが、

入院施設があるのは当院だけなので、地域の方が安心して受診できる看護を提供する必要があると思っています。

それに精神科病院というと、どうしても敷居が高くなってしまう傾向があります。

統合失調症だけでなく、認知症や気分障害、うつ病の患者さんも受け入れるのですが、どちらかといえば心療内科を受診したいという傾向はありますね。

名称の問題でしょうか。

浅川:そうですね。

心療内科やメンタルクリニックには、眠りが浅かったり不眠が続いたりしたときや、悩みがある時に、

ちょっと行ってみようかと思えるのですが、精神科病院を受診するには決心が要るというのは、正直あると思います。

そういった意味で、受付も一般病院の1つの診療科目として見てもらえるように、できるだけ工夫しています。

後編へ続く