No.242 東京都済生会向島病院 塚田信廣 院長 前編:東京・下町の済生会病院

インタビュー

東京の下町にある東京都済生会向島病院

昨秋その病院長に就任された塚田信廣先生は、向島だからこそ可能な地域医療連携に力を入れています。

あらゆる人へ医療を提供する

 

中:今回は、東京都済生会向島病院病院長の塚田信廣先生にお話を伺います。

先生、どうぞよろしくお願いいたします。

まず、貴院の特徴を挙げていただけますか。

塚田:当院は全国に80ある済生会病院の一つとして、あらゆる人に分け隔てなく

医療・福祉の手を差し伸べるという済生会の理念に基づき運営している病院です。

中:スカイツリーが近く、下町と都会の両面を兼ね備えた周辺環境ですね。

塚田:昔からお住まいの方がいらっしゃる反面、再開発で若い方もだいぶ増えているようです。

墨田区はこれからしばらく人口が増加すると予測されています。

新旧が上手く調和した街だと思います。

消化器内科との「縁」

中: 次に先生のご経歴についてのご質問に移ります。

慶應ご出身と伺いましたが、大学時代の思い出をお聞かせください。

塚田:大学卒業後に私が消化器内科に進むことになった理由をお話ししよう思います。

少し恥ずかしい話なのですが、その頃の学生はあまり授業に出ないのですね。

学生同士でグループを作り、出席する教科を一人一人に割り振るのです。

そして出席した学生がノートをとり、それをグループ全員に配るということをしていました。

私はたまたま縁があって消化器内科の担当になり、その授業だけは欠かさず出ていたため、

卒業後も大学院で消化器内科を専攻したという次第です。

当時は今のようなローテーションによる研修制度がなかったため、結局、私の学年では、

大学で循環器の当番だった学生は循環器医に、神経内科の当番は神経内科医になるといった具合でした。

もう一つの思い出は、大学1年の時に上級生とともに学費値上げ阻止のストライキを始め、

半年ほど授業がなかったことです。

スキーに行ったり、旅行に行ったり、本を読んだりと、今から考えるとゆっくり楽しめた貴重な時間でした。

中:何かの縁に引かれるようにして消化器内科医の道を歩まれたのですね。

消化器内科の特色や魅力とは、どのようなことでしょうか。

塚田:カバーしている臓器が非常に多いということだと思います。

食道から胃、十二指腸、小腸、大腸などの消化管と、肝・胆・膵という臓器に及び、

それだけ扱う疾患も多岐にわたります。

その中で私は特に肝臓を専門としていました。

肝臓は今でも「沈黙の臓器」と呼ばれ、わからないことが多く残されていますが、

当時はまだC型肝炎ウイルスも見つかっておらず、わからないことだらけでした。

そのような状況で自分が少しでも何かを見いだし世の中の役に立てたらと思っていました。

中:研究と臨床とで大変お忙しかったのではないでしょうか。

塚田:医師になってから最初の4年間は大学院で研究をしながらの臨床でしたので、大変でした。

朝6時ぐらいから実験を始め、夜12時前には帰ったことがなかったです。

4年間で休めたのは、土日祭日などすべてを含めて3日間だったことを記憶しています。

中:医学の進歩は急速ですが、中でも肝臓領域は大きく進歩した分野ではないでしょうか。

塚田:おっしゃるとおりです。

原因さえわかっていなかったC型肝炎も、ウイルスが同定されインターフェロン治療が始まり、

今では経口薬を2か月飲めばほぼ治ってしまう時代です。

劇的な進化を遂げました。

中央病院と向島病院の地域特性

中:先生のご経歴の話に戻りまして、現在の病院長に就任されるまでの過程をお聞かせください。

塚田:大学院を修了した後は慶應の関連病院の東京歯科大学市川病院に勤め、その後、

カナダのトロント大学に3年半留学しました。

1990年ごろに帰国した後は、他の大学関連病院にしばらく勤めた後、

1998年に医局人事で東京都済生会中央病院に移り19年間勤め、当院に異動する前は副院長でした。

中:副院長と院長では任務や責任がかなり違うものでしょうか。

塚田:当院の院長に就任してまだ2〜3か月ですから、

院長職の全体像を把握しきれていないかもしれませんが、それでもだいぶ異なります。

例えば、山を登っていて、ようやく視界が180度ぐらい見える位置が副院長で、

トップの院長は当然360度見渡せます。

視野が広がると同時にいろいろな角度から山全体を見渡す必要が生まれ、

責任も比べものにならないぐらいに大きいです。

中:病院のトップに就任される際、何か決意されたことはございますか。

塚田:済生会中央病院に勤めていた時から地域医療へ貢献したいという考えがあり、

当院でそれを実践できると考えました。

と言いますのは、中央病院は港区という周辺に大病院が多い一方で連携先となるような中小病院が少なく、

しかも昼間・夜間の人口差が大きいという地域特性のため、

地域包括ケアの実現がなかなか困難だったのです。

それに対してここ墨田区は、生活している人がたくさんいらっしゃり、病院の規模もまちまちで、

しかも地域住民と密接なつながりのある医師会の先生方が熱心に地域医療を担っておられます。

さらに介護や福祉の担い手も比較的充実しています。

当院に着任した当初、既にメディカルソーシャルワーカーの方々が濃密な連携を構築されていることを知り、

非常に感銘を受けました。

院長就任にあたり考えたことのもう一点は、やはり済生会病院としての理念である、

すべての人に分け隔てない医療を提供する姿勢を堅持することです。

この理念を見失ったら、この病院を続ける意義はないと考えています。

当院の職員一同がこの理念を共有して働いてくれていると思います。

中:病院の理念について、職員の方によくお話しされるのですか。

塚田:それはもう、ことあるたびに話しています。

当院に入職されてくる方々も、おそらく入職前の段階で理念に共鳴し、

勤めていただいているのだと思います。

後編に続く

Interview with Nakada & Carlos