今回は、東日本税理士法人の所長である長(おさ)英一郎先生にインタビューを行い、
2020年の診療報酬改定を中心に、これからの医療機関のあり方、
看護師のあり方などについて語っていただきました。
同法人は、医療分野を専門とした税理士法人として、
医療法人等の会計・税務、コンサルティング業務を担うとともに、
長所長は診療報酬や病院経営に関する講演活動なども積極的に行っておられます。
クライアントのほとんどは病院と診療所
中:今回は、東日本税理士法人の長 英一郎所長にお話を伺います。
先生、どうぞよろしくお願いいたします。
長:よろしくお願いします。
中:最初に、こちらの法人の特徴について教えていただけますか。
長:当法人は、医療に特化した税理士法人として、主に医療法人の税務・会計業務と、
特定医療法人や社会医療法人の、申請やその後の経営に対するコンサルテーションを行っています。
そのため、当法人のクライアントは病院や診療所がほとんどで、全体の約95%を占めます。
中:法人の立ち上げ当初から、医療に特化していたのでしょうか。
長:いいえ、そうではありません。
当法人の起源は、1976年に私の父が開業した会計事務所なのですが、
当時は医療だけでなく、さまざまな職種を対象にしていました。
その後、事業を続けていくなかで、徐々に診療所のクライアントが増えてきまして、
同時に、医療法人化のお手伝いをさせていただく仕事も多くなったのです。
こうした状況のもと、10年、15年ほど前に、「医療に特化していこう」ということになりまして、
現在までそのスタイルを続けています。
中:長先生は、国家資格を取得後、すぐにこちらの法人に勤務されたのですか。
長:そうですね。
私は、公認会計士の資格を持っているのですが、資格取得後はすぐに当法人で働き始めました。
ただ、予定通りだったかと言うと、決してそうではありません。
私は、大学卒業時点では、
「早々に公認会計士の試験に合格して、大手の監査法人などで会計や監査の仕事がしたい」と
思っていたのですよ。
それが、蓋を開けてみると、合格までに7年と思いのほか時間がかかってしまいまして、
他の事務所を経験する期間を経ずに、当法人に就職することになりました。
それからはずっと当法人で働き、5年ほど前に父の跡を継いで代表者になったという経緯です。
医療現場を知る、患者の立場から伝える
中:医療というのは特殊な業種だと思いますが、先生はどのように医療業界を学ばれたのでしょうか。
長:現場での学びが大きかったと思います。
最初の頃は、医療法人の申告書や試算表を作るなど、通常の会計・税務を通じて医療を見ていました。
しかし、やればやるほど、医師や看護師などとの距離感を感じたのですね。
私は、やはり「現場を知る」ことが大事だと感じ、
医師の当直や看護師の業務を体験させていただくことにしました。
本当に医療との距離感が縮まったのは、そこからだと思います。
中:ご自身が体験されたのですか、すごいですね。
長:例えば、「救急医療は不採算部門だ」という話は知っていても、実際の救急現場において、
どのような人員がどのような材料を使って人命を救っているのかイメージできなければ、
本当の意味で理解したことにはなりません。
この点、医師や看護師と一緒に当直して、救急現場を目の当たりにすれば、実体験として理解できますよね。
現場での体験は、私にとって、とても重要な財産になったと思います。
中:長先生は、講演活動も積極的に行っておられますが、その際にも現場での体験は活きていますか。
長:そうですね。
診療報酬改定セミナーなどの講演会を行う際にも、厚生労働省の資料をそのまま伝えるのではなく、
自分の体験や現場の声を交えてお話しできているのではないかと思います。
また、医療現場での体験以外にも、先進的な病院の事例を紹介する時は、
私自身が実際に病院を見学し、そこで得た体験をもとにお話するようにしていますね。
加えて、現場体験とは少し話がずれるのですが、講演会ではもう1つ大切にしていることがあります。
それは患者の視点からお話するということです。
私は医療職ではありませんので、外から見て「こういう病院って良いよね」ということを
お伝えすることが大切だと考えています。
中:長先生のセミナーはとても人気がありますが、最近ではYouTubeも始められたとお聞きしました。
長:YouTubeは、前々からやりたいと思っていたのです。
ただ、以前はエンターテイメント系の動画が多かったので、タイミングを見計らっており、
ビジネスユーチューバーが増えてきた2019年から本格的に配信を開始しました。
実際始めてみると、私自身の移動の負担も減りますし、
セミナーに参加できないような方にも情報を伝えられるメリットを感じています。
また、これは偶然ですが、今、新型コロナウィルスの影響でさまざまな講演会が中止になっています。
この点、YouTubeの閲覧であれば感染リスクゼロですので、
時代としても時期としても良いタイミングに始められたと思います。
中:ありがとうございます。
次に、2020年の診療報酬改定についてお聞きしたいと思います。
今回の改定については、どのように感じておられますか。
重要テーマは「医師の働き方改革」
長:1つ感じたのは、厚生労働省が医師の働き方改革に本気で向き合っているということです。
医師の働き方改革については、2024年4月から残業時間の規制が行われる予定ですが、
その対策として、今回の診療報酬には、働き方改革に繋がるさまざまな取り組みに点数がついています。
例えば、医師事務作業補助体制加算の点数が上がったことで、
メディカルクラークやIT・AIテクノロジーを活用して、
医師の事務作業という負担を軽減しやすくなりました。
また、救急搬送件数2,000件以上といった、どうしても残業時間が長くなるような病院には、
診療報酬の評価を加えることで、体制を整備しやすくなっていますね。
中:実際、この改定によって医師の働き方改革は進むのでしょうか。
長:そうですね。診療報酬改定と同時に労働基準監督署が病院に入ったりしていますので、
病院としては動かざるを得ない状況ですし、
今回の改定で、各病院の役割や機能に応じた働き方改革を進めやすくなったのではないでしょうか。
再編・統合も視野に
中:一方で、病院経営者や医師にインタビューをさせていただくと、
やはり休日・夜間診療や救急に支障が出るという話も耳にするのですが。
長:確かに、病院によっては、医師が確保できないなどの理由から、
一病院だけで働き方改革を実現することが難しいこともあります。
しかし、そのような場合には、他病院との再編・統合も視野に置くべきなのだと思います。
というのも、今回の改定では、総合入院体制加算という加算について、
他病院との再編・統合を推進するような改定が行われています。
これはつまり、一病院で十分な医療体制を構築できない病院については、
再編・統合も含めて検討してくださいというメッセージなのだと思います。
中:1つの病院だけでなく、たくさんの人と組織が共同し、融合して、
地域医療を維持するために取り組まなければならない、ということですね。
後編に続く