No.128 浅倉公子様(稲毛病院)前編:看護師から管理職へ

No.128 浅倉公子様(稲毛病院)前編:看護師から管理職へ

  • 2018年5月2日
  • インタビュー
No.128 浅倉公子様(稲毛病院)前編:看護師から管理職へ
No.128 浅倉公子様(稲毛病院)前編:看護師から管理職へ

今回は稲毛病院の看護部長、浅倉公子様にインタビューをさせて頂きました。

浅倉看護部長の手腕と魅力に迫ります。

「多くの人の役に立ちたい」思い

 

看護師になろうと思った動機を教えてください。

 

浅倉:遠い親戚に助産師をされている方がおりまして、赤ちゃんを取り上げたときの喜びや嬉しさを、常々私に言って聞かせてくださいました。

私もその方のように “ゆりかごから墓場まで”といったような、そういう長く人の役に立つ仕事をしたいと思うようになったのと同時に、また将来的にやはり免許のある仕事に就きたいと思っていました。

ただ助産師だとお母さんと赤ちゃんのみが対象となるので、もう少し全般的な方々を対象として関わりたいという気持ちもあり、看護師を目指しました。

 

看護学校時代はどのように過ごしましたか。

 

浅倉:私の郷里は岩手ですが、その頃は集団就職で就職した病院が岩手の人のみの採用で、6人ほど同じ病院に就職しました。

午前中は病院の仕事をし、午後から看護学校に行きましたが、その頃はそういったスケジュールがどの病院も一般的でした。

また学校が終わってから、戻って病院で仕事をしたこともあります。

江戸川区に勤める当時の看護学生は、ほとんど同じ学校に行っていました。

働きながら准看護師の資格を取るための勉強をし、そこで准看護師の資格を取得しました。

 

准看護師から看護師へ

 

准看護師資格の取得後はどうしましたか。

 

浅倉:准看護師の資格を取得した後に結婚しました。

子どもにも恵まれましたが、最初に志した看護師になりたいという思いがあり、看護学校(正看護師)を目指そうと、31歳のときに、夜間の看護学校に通いました。

当初、周りからは「そんなに頑張って上の学校へ行かなくてもいいのではないか」と言われることもありましたが、やはり看護師でなければできない仕事もありますので、ステップアップを目指したいと思いました。

 

最初に勤めた時の思い出はありますか。

 

浅倉:准看護師として働き出した当初は、清潔・不潔の概念すら、当時は全くわからなかったので、まずは先輩の動きを見て学びました。

郷里が同じ先輩もおり、随分可愛がっていただきました。

 

今でも印象に残る患者さんはいますか。

 

浅倉:今でも覚えている患者さんですが、90歳代の末期の肝硬変の女性が入院していました。

その方はお酒が好きで、その方のご臨終のときに、ご家族に梅酒を持ってきていただいて、唇に含ませました。

そのとき、私にはその方がにっこりして亡くなられたように感じました。

それが、自分の心の中では、一番の印象深い出来事に思います。

ご家族の方から「良いかたちで見送ることができました」というお話をいただきました。

亡くなられたことはすごく悲しいですが、いいお亡くなり方をしていただいたと、記憶しています。

看護師から管理職へ

 

病棟や病院を移ることも多かったですか。

 

浅倉:最初の配属は外科だったと思います。

小児科以外長く勤務しましたが、看護師としての経験も長いので、手術室も含めて大体どの科も経験しました。

しばらくは最初の病院に勤務していましたが、先輩からのお誘いがあり、西船橋の済生会病院に移りました。

その2年後には、済生会習志野病院に移り、そこで10年ほど勤務しました。

その頃には、一般の看護師から管理者として主任となり、その後師長となりました。

 

管理職になって変わったことはありますか。

 

浅倉:主任や師長など管理職になると、スタッフの時とは業務内容も変わってきます。

きちんと病院の理念などに基づいて、自分の考えとしてしっかりしたものをスタッフに伝えていかなければなりません。

スタッフの時よりもさらに勉強しなくてはいけないという強い思いがありました。

 

その後どんなきっかけで今の病院に移りましたか。

 

浅倉:済生会習志野病院でお世話になった看護部長が看護協会でワークライフバランスのアドバイザーをしており、その方から看護部長として稲毛病院にお誘いをいただきました。

そのご縁で、今は稲毛病院で3年4ヶ月ほど働いています。

管理職として常に前進する

 

いきなり看護部長として入職して戸惑いはありませんでしたか。

 

浅倉:看護部長は看護部の一番の上になるので、責任はもちろん、前の病院と比べて病院の規模や組織が違いました。

稲毛病院は個人病院なので、これまでとは仕事の進め方が違い、院内の運用を理解するのに少し時間がかかりましたが、どんなときも常に前向きに進むように心がけています。

常にそれが大事だと思っています。

 

看護部長3年目。いちばん力を入れていることはなんですか。

 

浅倉:個人病院ということもあり、マニュアルが不足し、看護師の人数が限られているので、まずは教育体制を整えることです。

済生会などの大きい規模の病院であれば、プリセプター制などきちんと教育体制が整っていますが、着任時は体制として整っていませんでした。

昨年1月に、副看護部長ができたので、その方に教育担当をお願いして、少しずつではありますが、体制を整えているところです。

 

後編へ続く

嶋田 香織
A-LINE株式会社
シンカナース編集部及び営業本部長