前編に引き続き、伊那中央病院の伊藤まさ江看護部長へのインタビューをお届けいたします。
衝撃を受けた海外研修
その他に、看護部長になるまでの間に印象的だったことはございますか。
伊藤:25年前になりますが、長野県では将来の高齢化を見据えて「寝たきりゼロ運動」というものに取り組んでいました。
その一環で医療福祉先進国のヨーロッパへ11日間の研修に参加しました。
その中で、年齢や障害・疾患の有無、入院している等に関わらず誰でも普通の生活を送れるようにする、ノーマライゼーションという考え方を学びました。
施設見学の中で会議をしている時に、認知症の方が会議室に入って来られました。
日本では、その場から出て頂くようにスタッフが動きます。
ですがその施設では、「よくいらっしゃいました」「どこに座りますか」と声をかけていたのです。
それを見て人間の尊厳がしっかり守られているのを感じたと同時に衝撃を受けました。
私たちは看護師を目指して学校で勉強をして、患者さんを多面的に見るとか、患者さん中心の看護という言葉を使っていますが、実は「尊厳」までは考えていなかったことに気付いたのです。
その研修から戻った後、病院のスタッフへ向けて報告会という形で情報を伝え、私は病院の外を知るために訪問看護をすることにしました。
外から見てみれば、もっと具体的に看護が変わらなければいけない点が見えてくると思ったのです。
そして、実際に行ってみるとご自宅にいる患者さんと病院に居た頃の患者さんの表情、生活が全く違うことがわかりました。
自宅で行うには困難なことを病院の退院指導で伝えているので、患者さんがご自宅に戻られた時に指導はあまり活かされていないことも発見しました。
そうした事から、在宅を見据えた退院指導をできるように、少しずつ現場に情報をフィードバックしていかないといけないと感じました。
今、看護部長として取り組まれていらっしゃることはございますか。
伊藤:今現在、そうした情報を訪問看護ステーションから病棟へ伝えてもらいます。
これからは退院後の生活を見据えた支援が重要になりますので、病棟の看護師にも訪問に行ってもらいたいと思っています。
そうした事ができる環境を整えることが必要と考えています。
入院期間がどんどん短くなり、重症の方が在宅に移行していますし、高齢化も進んでいます。そうした背景を考えて、訪問看護ステーションを拡充していきます。
他にもやりたいことは沢山あります。
外来の看護体制を見直し、療養指導ができる体制を整備すること、また激動の医療界を乗り切っていくための管理体制の強化などです。
そうしたことを実現するために、今、ワーキンググループを作って取り組み始めています。
私は看護がとても好きなのですが、実際に患者さんのところで看護ができません。
ですから、私がして欲しいと考える看護を皆にしてもらうために、師長を育成することに力を入れています。
各部署では師長が要です。
師長が変われば質の高い看護が提供できると信じています。
教えるのではなく考えさせる人材育成
師長の育成のために、具体的にはどのようなことをされていらっしゃるのでしょうか。
伊藤:私が直接関わる場面は限られているのですが、ティーチングではなくコーチングを心掛けています。
教えるのではなく、考えさせる。自ら考え答えが出せるよう自律を目指します。
コーチングが師長育成の基本ではないかと私は考えています。
2名の副部長も師長たちも、そもそも看護が大好きな人ばかりです。
私の考え方に共感をしてくれているだけでなく、違う意見もしっかり伝えてくれます。
部長は孤独と言われますが、私は力強い副部長と師長たちに支えられているので心強く、孤独を感じることはありません。
看護部の理念を実現する為に心がけていらっしゃることはありますか。
伊藤:私たちは看護の専門職ですから、看護独自の能力と機能を発揮し行った看護に責任を負うことです。そのために、常に学び続け人間としても成長できるよう、教育体制の整備には力を入れています。
また、理念の中でも「人間性を大切にする」という点が重要なポイントだと思っています。
つまり相手の立場に立ち対応するために「役割意識の向上」を看護部の目標にして取り組んでいます。
何か壁にぶつかったら立ち返り、「何が私たちの使命なのか」を考える為に理念はあるのではないでしょうか。
看護補助者の活用に関して伺わせてください。
伊藤:現在、当院には看護補助者は66名います。
看護師の負担軽減を目標に据えて採用しました。
その方々はどの様なお仕事をされていらっしゃいますか。
伊藤:患者さんの生活援助やメッセンジャー業務、クラーク業務を担って貰っています。
患者さんの一番近くにいるので患者さんにとって必要なものが見えてくるのか、業務改善のアイデアも出してくれています。
看護補助者は何か資格を持っている方が多いのでしょうか。
伊藤:介護福祉士やヘルパーの資格を持っている人もいますが、それ程多く無く、無資格者の方が多いです。
最近は歯科衛生士を看護補助者として病棟に配置し始めました。
歯科衛生士は口腔ケアの達人です。
看護師も勉強はしてきていますが、やはりその専門職には及びませんので力を借りています。
配置をし始めてから、本当に患者さんの口の中が綺麗になり、合併症の予防もできる様になりました。
当院の看護補助者はプライドとやりがいを持って働いてくれています。
口角を上げて、楽しく、笑顔で
日々お忙しくお仕事をされていらっしゃると思いますが、気分転換には何をされていますか。
伊藤:アクティブにと思って、できるだけ外に出る様にしています。
例えば、毎月行われる様々なイベントに参加しています(水彩画、染め物、料理等)
これからは山登りやボランティアにも挑戦していきたいと思っています。
色々と忙しいですが、私はこの病院と看護の仕事が大好きで楽しいです。
毎朝ミーティングを行うのですが、その時に「口角を上げて、楽しく、笑顔で仕事をしましょうね」という事を言い続けています。
伊藤看護部長からのメッセージ
伊藤:新人のみなさんには、学生時代とは違ってお金を頂いて仕事をしているという考えに切り替えること、何事にも乗り越えていく力(レジリエンス)をつけることが求められています。
また、現場では患者さんや家族から様々なことを求められ、それに対応して行く力をつけていかなくてはいけません。
ですから、様々なことを乗り越える力をつけるために、失敗を恐れず、いろいろなことに挑戦して感性を高めて良い看護師になって貰いたいと思います。
伊那中央病院はチーム医療に大変力を入れている病院です。
色々な職種が協力し合い、意見を対等に出し合い、「頑張っているね」という言葉も交わせるいいチームができていると思います。
みなさまも、そんなチーム医療の醍醐味を味わってみませんか。
シンカナース編集部インタビュー後記
インタビュー当日は生憎の雨でしたが、伊藤看護部長にお会いするととても晴れやかな気持ちになりました。
常に笑顔で、楽しく仕事をしようとみなさんに伝えていらっしゃる通り、笑顔がとても素敵な方です。
今現在取り組まれていらっしゃる「教えないで考えさせる教育」は、
伊藤看護部長が後輩を教える時に経験された「考えることで自分が成長する」という事実に裏付けされたもので、
看護師が人間としても成長することを常に考えていらっしゃるのだと感じました。
伊藤看護部長、この度はとても楽しく色々なお話を聞かせて頂きまして、誠にありがとうございました。
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No. 71 伊藤まさ江様(伊那中央病院)前編「憧れのナースキャップ」