前編に続き、病院の特色や看護師への期待とともに、
高血圧診療に関するトピックスなどをお聞かせいただきました。
人気の臨床研修施設
中:ではここで改めて貴院の規模や診療体制などの特色を、少し詳しくお聞かせください。
梅村:当院の規模は650床です。
医師の初期研修病院としてたいへん人気が高いことが一つの特徴です。
定員が15名のところ、毎年、約80人もの研修医を面接して選抜しています。
人気の理由の一つは循環器、神経系の救急も含め救急センターが非常に充実していることです。
1次救急から2次、3次救急まで全てを受け入れる北米のER型救急システムをとっており、
幅広い対応を身につけられるためです。
もちろん指導医が充実していることも理由の一つです。
そのほか、癌治療にも力を入れていて、
特に脳腫瘍等悪性腫瘍に対する放射線治療件数は日本でトップクラスです。
また「労災病院」ですから整形外科も充実していて、650床のうち100床を整形外科に当てています。
さらに地域医療として欠かせない小児科や産婦人科の医師も多く活躍し、
県内中核病院の一つとして位置付けられています。
外国人患者さんへの対応
中:病院の隣に大きなスタジアムがありますね。
相当な観客収容人数だと思うのですが、そこで発生する医療需要への対応などは考えていらっしゃいますか。
梅村:日産スタジアムですね。
最大収容人数は7万人以上です。
来年のラグビーワールドカップや再来年のオリンピックの会場として使われる予定です。
現在でもすでにプレイヤーや観客の怪我に当院で対応しています。
中:外国人観客・選手への対応はいかかがでしょうか。
梅村:スタジアムの観客や選手だけでなく、
新横浜にはドイツ人学校もあるなど外国人の方も多くいらっしゃいます。
外国人は明らかに増えていて、
例えばイスラム系の患者さんの病院給食をどうするかといった問題も出始めています。
いま対応を検討しているところです。
世界が注目する、日本の高血圧診断基準
中:少し話題を変えまして、先生のご専門の高血圧領域についてお聞かせください。
いま、どのようなことがトピックになっているのでしょうか。
梅村:医師の間では、高血圧の診断基準をどうするかが焦点になっています。
従来、世界的に140/90mmHgが診断基準でしたが、昨年アメリカが130/80に厳格化しました。
今春、欧州がそれに追随するのか注目されていたのですが、現行どおりで変更しませんでした。
そして来年が日本のガイドライン改訂年次で、世界中から注目されています。
実はそのガイドラインの作成責任者を私が務めていて、ちょうどいま大わらわしているところです。
かつてのガイドラインに比べ、今まで以上に膨大な論文をシステマチックに解析していき、
エビデンス・推奨レベル付きでレコメンデーションを掲げるという作り方です。
この手法に慣れている研究者が国内に少ないこともあって、多くの時間が費やされています。
7月には100人近い医師が合宿で泊まり込み討議しました。
日本の高血圧患者数は4,300万人ですからガイドライン改訂のインパクトは非常に大きなものです。
重責を感じながら取り組んでいます。
中:そういったシステマチックレビューにAIを活用することはできませんか。
梅村:医療においてAIは今のところ診断への活用が進められているようです。
しかし、臨床上の疑問に対する答えを得るために文献を読み込み、
それを批判的に評価し推奨事項を抽出するという作業は、まだ現場レベルでは難しいようです。
国民全体に減塩を啓発
中:4,300万人もの患者さんがいるとのことですので、
高血圧に関連し患者さんや国民にも関係するトピックはあれば、是非お聞かせください。
梅村:あらゆる疾患の治療薬と比較し、降圧薬は最も治療貢献度や満足度が高い薬剤とされています。
それにも関わらず4,300万人の患者さんのうち、
降圧目標である140/90mmHg未満を達成している人は30〜40%しかしません。
その理由の一つは、生活習慣の改善、具体的には減塩・減量・運動・禁煙・節酒・野菜果物摂取などが
中心になりますが、その重要性が患者さんや国民にいまだ十分には理解されず、実行されていないためです。
アメリカが昨年高血圧の診断基準を厳格化したのは、若いころから
生活習慣改善を含めた血圧コントロールの重要性を国民に意識させることも理由の一つだと思います。
国民に対する啓発に関して我々医師ができることは限られており、
看護師や保健師や薬剤師等々の活躍が期待されます。
コメディカルスタッフの力を借りて、国民全体の血圧を下げようという施策推進が今、
世界中で共通した流れになってきています。
ヒトがなぜ塩味をおいしいと感じるかというと、
どうやら脳の中で塩分の旨味を感じ取る部分と麻薬に反応する部分が非常に近いらしいのです。
塩分をとり過ぎているとわかっていてもなかなか減塩できない原因は、その辺りも関係していそうです。
もともと少量の塩分は生命の維持に必須ですから、このような仕組みになっているのかもしれません。
患者さんとともに悩む、コミュニケーション力
中:たいへん興味深いお話ですね。
では最後に、看護師について質問させてください。
先生がいま求められている看護師像はございますか。
梅村:やはり患者さんを第一に考えるということです。
そして、患者さん相手、人相手の仕事ですから、コミュニケーションを上手にとれることを期待します。
これには「慣れ」も必要だと思います。
最近の若い人はどちらかというとスマホなどでの情報交換を得意としている一方で、
面と向かってのコミュニケーションに慣れるまで意外に苦労する人が多いようです。
中:近年、認定看護師や専門看護師といった資格を持つ看護師が増えていますが、
こういった変化をどのようにご覧になっていますか。
梅村:今は医師も看護師も時間外労働が非常に多いです。
これに対して当院でも、国も言っているタスクシフティング、
すなわち医師事務作業補助者や看護補助者を雇用して対応していますが、
医師の負担を減らすもう一つの方法として、業務の一部を看護師が担うという方法があります。
実際、我々が医師になりたての頃、
点滴の刺し方をはじめ様々な手技を我々よりずっと上手にこなす看護師がたくさんいました。
今もそうです。
ですから看護師にはよりレベルアップして、さらに医療に貢献していただけるのではないでしょうか。
中:それでは看護師に向けてメッセージをお願いします。
梅村:医療はやはり患者さん第一ですから、
患者さんのことを常に考えて、対応していただきたいと思います。
また、看護師さんはやはり女性が多い職業です。
そのため、女性が仕事を辞めずに育児出産もできるような職場を作っていくという
国内共通の課題に貢献していただく、最適な職業が看護師だと思います。
もう一つ申し上げたいことは、先ほども述べたコミュニケーション力です。
患者さんとともに悩むといったことも含めて、コミュニケーションを十分にとることが基本ですので、
その点も忘れずに続けていっていただければと思います。
インタビュー後記
看護師に求められるコミュニケーション能力。
看護の役割が高度化、専門化していくとしても、ベースには優しさに裏付けされたコミュニケーションが必須。
梅村先生のお話の中には、とても温かい看護師へのメッセージが込められています。
また、梅村先生の専門領域である高血圧は、治療薬の進化もさることながら、生活習慣を改善することが最も大切とのこと。
看護師もコミュニケーション能力を発揮すれば、貢献出来ることが沢山ありそうです。