No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)後編:看護師が向かうベクトル

No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)後編:看護師が向かうベクトル

  • 2018年7月5日
  • 病院長 インタビュー
No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)後編:看護師が向かうベクトル
No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)後編:看護師が向かうベクトル

前編に続き、地域に密着する病院としての地域づくりへの参画、その中での看護師への期待、

そしてサッカーJ2クラブのスポーツドクターとしての意気込みを語っていただきました。

 

 

地域づくりへの参画

 

中:先ほど、地域の介護スタッフの方々に喀痰吸引研修講座を開催されているというお話を耳にしました。

それも貴院における地域包括ケアの取り組みの一つだと思いますが、

受講資格はかなり厳格に定められていますね。

 

五十子:やはり時代の流れだと思うのですが、

病院内・病院外を問わず、少し何か問題が生じるとすぐに訴訟になります。

故意にやったのであれば犯罪ですが、患者さんのため、介護のために、

一生懸命尽くす中で発生してしまった事故で、当事者や管理者が訴えられるというのは

非常に悲しいことだと感じています。

 

 

しかし逆の立場に立ち、自分の家族が事故にあったとしたら、

そうしたくなる気持ちもわからなくはないです。

ですから、介護スタッフの方には「あなた方はここまではできますよ」と、明確に伝える必要があり、

そのためにも先ほど申しましたようにコミュニケーションが非常に重要になってきます。

このような体制をとり、法的な問題をクリアした上で、当院が地域に貢献できることの一つとして、

院外のスタッフ対象の研修に力を入れようとしているところです。

 

 

看護師が向かうべきベクトル

 

中:時代的な変化も関係しているのだと思いますが、医師あるいは院長という立場にある方から

「地域作り」というお話を伺う機会が増えました。

実際にそのお考えを社会へ発信されたり、技術を伝達しようとされている医療機関もあり、

貴院もその一つです。

このような変化の中、看護師に対してはどのようなことを期待されますか。

「このような看護師になってほしい、将来はこのように進化してほしい」といったことをお聞かせください。

 

 

五十子:今こうして偉そうなことを話していますが、自分が医師になり研修医1年目のことを思い出しますと

「今日からよろしくお願いします」と病院に入り、誰に医療の現場を教わったのかと言えば、

それは看護師です。

器具の置き場所から何から何まで、すべて看護師に教わりました。

そのことを医師はみんな忘れてしまうのですね。

しかし、その記憶を医師は大切にしなくとはいけないと、ふだんから思っています。

 

 

看護師の側に対しても、医師に遠慮して言いたいことを伝えないでいるのは、

非常に「もったいない」という感じを抱きます。

医師の考え方に無理に合わせるのではなく、

看護師は自分達の考え方でこう思うということをぶつけてくることは、決して悪い事でないはずです。

ただし、その考え方のベースは「患者さんのため」であるべきで、

医師に意見することがベクトルになっていては本末転倒です。

「患者さんを良くするために、私達の意見はこうです」と医師に伝えてくれる看護師が、

一番良い看護師だと、思います。

 

 

中:看護師の向かうべきベクトルという話は今まで伺ったことがなかったので、

とても新鮮でわかりやすいと感じました。

どうしても看護師には看護の知識があり、医師の指示を受け業務を続けていると、

何かを意見しようとする時に、まず自分たちの考え方のみを主張するベクトルに

なってしまいがちなのかもしれません。

それを「患者さんのためには」という目線で捉え直して医師に投げかけるというのは、

非常に前向きな方法だと思いました。

 

 

五十子:看護師も当然、高度な専門知識や技術を持っています。

それをできるだけ患者さんのために生かせる最適な方法を探すことが、結局、

問題解決の近道ではないかと思います。

 

‘若手’院長であった頃

 

中:ありがとうございました。

ところで、先生はたいへん若くして院長になられたと思います。

若いということのメリット、または反対に、もう少し年齢を重ねれば

また少し違うメリットがあるのではないかと思われることがあれば、お聞かせください。

 

 

五十子:医師として答えるのであれば、若いがために医学的な習熟が不十分な点があります。

一方、失敗をしてもやり直しが効くということは、若年であることの一番のメリットだと思います。

 

院長という立場でお答えしますと、若いがために「重みが出ない」ということが

少々デメリットかもしれません。

周囲から、院長にしては非常に軽々しく評価されてしまうのではないかと。

私の場合、もう十年前、三十半ばで院長になりましたので、その点で非常に悩みました。

ようやく今はそれほど気にならなくなりましたが。

 

 

中:若い時から病院経営と院内スタッフの掌握、そして地域作りに活躍されながら、

ご自身も院長として成長されてきたということですね。

 

五十子:いえ、私が頑張ったのではありません。

周囲が私を育ててくれたのだと思っています。

院内のスタッフと、地域の方も含めて、大勢の方々に育てていただきました。

 

 

中:素晴しい言葉ですね。

 

五十子:そういった環境に自分が置かれていたということは、非常にありがたいことと感じています。

 

サッカーJ2クラブのスポーツドクターとしての横顔

 

中: 先生のご趣味を教えていただけますか。

 

 

五十子:趣味と言えば、それはもう最初に申しましたように、子どもの頃からサッカーです。

三度の飯より好きです。

 

中:今でもプレーされるのですか。

 

五十子:今はもう忙しいので、たまに遊び感覚で仲間とやる程度です。

ただ、この町田にはJ2リーグの「FC町田ゼルビア」というクラブがあり、

そのチームドクターをさせていただいています。

選手の健康管理面のサポートをしており、当院でメディカルチェックを行っています。

 

 

中:先生ご自身がサッカーの経験がおありですから、選手の方も安心なのではないでしょうか。

 

五十子:そうだと思います。

私ができることの一つは、選手が気軽に医学的な相談ができる体制作りです。

もう一つはチーフドクターとの連携。

さらにサッカーは監督を中心にチームが成り立つスポーツなので、

監督がやりたいサッカーができる体制作りをあらゆる面からサポートすることが仕事だと思っています。

町田は小さな市でチームも今はまだJ2ですけれども、

いずれはここから世界へ羽ばたく選手が出るようにしたいと、一生懸命やっているところです。

 

 

中:素敵ですね。

では先生、看護師に向けてメッセージをお願いします。

 

五十子:町田病院で看護師として働かれるには、どのような看護師像が求められているかと申しますと、

やはり地域医療に貢献できる看護師だと思います。

いわゆる高度な医療がしたいという方や、慢性期の患者さんを看ていたいという方は、

いろいろな意味で物足りなく感じるかもしれません。

そうではなく、病院という枠組みに止まらずに、院内、院外すべてを含めて、

地域医療というものに興味を持って働いていただける方には、

当院を魅力的に感じるところがあるのではないかと思います。

 

 

インタビュー後記

地元を愛し、地域の医療を守られている五十子先生。

私と同じ年の先生ですが、30代の頃から院長職に就任され、10年以上のキャリアを積まれているというお話に驚きました。

改革をし続けながらも、周囲の支えに感謝する心を忘れない。

先生の謙虚さと、大胆さ、信念を貫く強さは学ぶべきことが沢山ありました。

一方で、やはり同じ年ということもあって、お話もしやすく素敵な笑顔でご対応いただけたことは、

久し振りに極度の緊張をすることなくインタビューが出来たと感じております。

愛する場所で、愛するサッカーのサポートを続けながら、地域医療を守っていらっしゃる先生の、エネルギー溢れるお話でした。

 

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五十子院長インタビュー前編

五十子院長インタビュー後編

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 総合社会文化博士(Ph.D.) ニュージーランド留学 帝京大学医学部附属病院 東十条病院 三井住友銀行 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 同志社女子大学嘱託講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社