No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)前編:救急医の視点での地域包括ケア

No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)前編:救急医の視点での地域包括ケア

  • 2018年7月5日
  • 病院長 インタビュー
No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)前編:救急医の視点での地域包括ケア
No.165 病院長 五十子桂祐様(町田病院)前編:救急医の視点での地域包括ケア

今回は町田病院の五十子先生に、ご経歴や病院の特徴、地域包括ケアを見据えた病院経営などについて

お話しいただきました。

 

 

幅広い地域ニーズに対応

 

中:今回は町田病院の院長、五十子桂祐先生にお話を伺います。

先生どうぞよろしくお願いします。

 

五十子:よろしくお願いします。

 

中:まず、貴院の特徴について教えてください。

 

 

五十子:当院は120床と比較的小規模ですが、病床の半数を一般急性期にあて、

残り半数を地域包括ケア病床と障害者病床にあてていることが特徴です。

これにより、地域のニーズに幅広く対応しています。

 

中:ありがとうございます。

次に先生が医師になろうと思われた動機をお聞かせください。

 

 

五十子:子どもの頃からサッカー好きで、高校卒業までは

「将来はサッカーに関わる仕事をしたい」と夢を抱きながら、大学進学を目指していました。

ところが受験に失敗してしまい予備校に通っている時、いとこが白血病で亡くなってしまったのです。

その体験を機に、医師になりたいという意欲が育ち始めました。

ただ、親類縁者に医師が一人もいない家庭でしたので、

医療の世界の仕組みがどういうものなのか全くわからないという不安がありました。

 

恐らく、その不安は親も同じだったのだと思います。

父親に「医学部に行きたい」と相談すると、言下に「ふざけるな」と言われました。

しかし最終的には同意してもらえました。

 

テレビドラマ「ER」の影響で救急医に

 

 

中:医学部に入られて最初に驚かれたことは、どんなことでしたか?

 

五十子:入学説明会でのことです。

私はその会場にサッカーのシャツと短パン姿で参加してしまったのです。

周囲はきちっとジャケットを着ている人ばかりで「これは来る所を間違えた」と、

まず第1日目に感じたというのが最初に驚いたことです。

 

 

中:そうでしたか。

先生は救命救急医療がご専門と伺いましたが、そのご専門を決められた経緯を教えてください。

 

五十子:当時、NHKで「ER」というドラマがスタートしまして、

主人公の先生がバリバリ活躍しているのを夜な夜な観ていました。

観ているうちに「これは今の自分の姿と少し重なるな」と思い始め、

最後は「完全に重なっている。将来の自分はこれだ」と思い込み、救命救急に行こうと決意しました。

そして実際に救命救急に進んだ時が、人生で一番ギャップを感じた時です。

 

 

中:ギャップと言いますと?

 

五十子:そんなに簡単なわけがないのです。

東京女子医大の救命救急センターに就職したのですが、新宿という土地柄いろいろな症例に出会いました。

刺されて搬送されて来る人や、

出身国が最後まで不明のまま退院していく外国人患者さんもいらっしゃいました。

もちろん、医学の勉強にはなるのですが、社会的にもいろいろな意味で非常に良い勉強になりました。

この経験は今でも生きています。

 

 

救急医の視点で患者さんの社会背景を見る

 

中:救急医の魅力はどのようなことでしょうか。

 

五十子:それは私よりも、現在も救命救急の第一線にいらっしゃる先生に

聞いていただいた方が良いかと思うのですが、当院での診療に当てはめて考えますと、

いま申しましたように、患者さんごとの事情が見えてくるという強みはあると思います。

患者さんの入退院というのは医学上の理由だけではなく、

社会的な背景などを考慮して判断することもあります。

 

 

もし一つの診療科を専門的にやってきたとしたら見えなかった部分が、

救命救急に携わっていたおかげで推測できるようになったと感じます。

例えば「今の状態では恐らく生活していく上でこういうことでお困りになるだろう」といったことを

加味しながら診療できているような気がします。

 

中:救急医から現在は病院長というお立場になられたのですが、それはどのような経緯でしょうか。

 

五十子:理事長をはじめ常務理事から「院長をやってくれ」と言われたことが直接の理由です。

なぜ私にお声がけいただいたのかと言えば、やはり地元出身だからだと思います。

 

 

病床を生かすことが地域貢献になる

 

中:院長に就任された時の意気込みはいかがでしたか。

 

五十子:生まれ育った故郷の医療資源として、当院を何とか維持していきたいという思いがありました。

周辺には当院より大規模で高度な医療を提供している施設もある中でも、

当院が持っている病床をきちんと生かしていくことが、

本当の意味での地域貢献になるのではないかと考えて、これまで頑張ってきました。

 

 

中:完成されていた病院ではなくて、ご自身でさまざまなことに挑戦したり積み上げられて、

今のスタイルになったというようなことですね。

 

五十子:格好良く言えば、そうかもしれません。

 

中:院長に就任された際に心がけたことはございますか。

 

 

五十子:院内スタッフの一番の大所帯は看護部ですから、看護師の意見によく耳を傾けました。

もちろん私自身にも「こういう病院にしたい」という思いがありますので、

それを看護師長全員に素直に投げかけ、随分と意見を交わしました。

また、看護側からも要望を伝えてもらい、医師として医学的に譲れない部分以外は採り入れて行きました。

 

事務部門との意思疎通も同様です。

事務長に私の要望を伝え、医学的に、あるいは経営的にそこは譲れないという

互いの主張に折り合いをつけてきました。

ただ、やはり看護部門の人数が最大なので、最大限にその意見を反映してきたつもりです。

 

 

院内意思疎通の重要性

 

中:先生はどちらかというと、ご自身だけで決めて「あとは付いてこい」というよりも、

意見を調整しながら信念の浸透を図るスタイルのようですね。

 

五十子:いわゆるワンマンにならないように心がけています。

たぶん、病院の運営はワンマンの方が楽だと思うのです。

「たとえ嫌われようが好かれようが、自分はこうするから全員そうしろ」というやり方は

非常に楽だと思います。

しかしそれではトップに何かあった時に組織全体が崩れてしまいます。

それは病院として絶対あってはいけないことです。

 

 

中:意見の調整が求められる場面は多々あると思いますが、具体的な例を一つ挙げていただけますか。

 

五十子:病院経営という視点で考えると、我々はどうしても診療報酬の改定に左右されてしまい、

その対応が病院の進む方向性に関係します。

そのような時、最も勉強しなければいけないのは、院長である私か事務長です。

しかし勉強したからといって「診療報酬がこうなるから今後はこうする」と即断はしません。

必ずさまざまな部門にはかり、総意として方針を決めていきます。

 

諸事このように進めていくため、以前に比べて会議が増えました。

その点、現場には負担をかけているのかもしれないと反省しています。

しかし、なるべくコミュニケーションエラーが起きないように、このような体制をとっています。

 

 

地域包括ケアにおけるコミュニケーション

 

中:近年、チーム医療の必要性が盛んに指摘されていますが、

そのことも医療職者間でのコミュニケーション、相互理解の重要性に関係しているのでしょうか。

 

五十子:そうですね。

チーム医療ももちろんそうですが、最近のフォーカスは地域包括ケアです。

すべての医療を自院で完結させるのではなく、それぞれの医療機関が各々得意な領域を明確にしつつ、

病院外の医療や介護の資源を活用し、地域で患者さんを支えるという仕組みです。

 

 

この仕組みの中では当然、介護に携わっている人たちの意見も重要になります。

介護スタッフの意見は時に、病院の立場からは「違うのではないか」と思われることもあります。

そうであっても、互いの考え方を尊重し調整し、患者さん、介護利用者の方に最適な方法を探ります。

 

後編に続く

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 総合社会文化博士(Ph.D.) ニュージーランド留学 帝京大学医学部附属病院 東十条病院 三井住友銀行 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 同志社女子大学嘱託講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社