No.166 病院長 椎木俊秀様(東京小児療育病院)前編:物理学から医学へ

インタビュー

今回は東京小児療育病院の椎木先生に、ロケットの軌道修正ソフト開発というお仕事をやめて医師を目指された経緯や、療育病院の役割・特徴について語っていただきました。

理学系に就職後、医師を目指す

 

中:まず、貴院の特徴を教えてください。

椎木:当院は療育病院で、一般の病院とはやや異なります。

障害を持った方々、特に重症心身障害と言われる身体的にも知的にも重度の障害のある方、

具体的に申しますと、身体障害としては一人で座れる程度、

知的障害としてはIQ35未満の障害を併せ持った方を主に支援している病院です。

終生入院されている方もいらっしゃいますが、

在宅で生活され外来に通院されている方もたくさんいらっしゃいます。

近年、外来は自閉症やADHDなどの発達障害の方の割合が目立って増えています。

中:先生が医師を目指された動機をお聞かせください。

椎木:最初は医師を目指したわけではなく、物理学を学ぶために大学は理学部に進みました。

卒業後は三菱電機の関連会社に勤め、筑波の宇宙開発事業団宇宙センターに出向し、

ロケットの軌道を修正するジャイロという器械のソフトを作っていました。

そのうち「もう少し人に接するような仕事をしたい、もっと深く勉強をしてみたい」と思い始めました。

当時すでに家庭があり子どももいましたので、だいぶ悩みましたが、

最終的に「医師になろう」と決断し、医学部に再入学しました。

中:ご結婚後に全く違う分野を目指して勉強し直すという決断に、

奥様は驚かれたのではないでしょうか。

椎木:私が悩んでいたことを知っていましたので「やりたいようにやりなさい」と

認めてくれました。

妻子のある家庭生活と医学生の生活

中:医学部での学生生活はいかがでしたか。

椎木:楽しく勉強させてもらいました。

周囲の同級生は私より10歳も下でしたが。

中:医学部ご卒業後に小児科へ進まれたのは、どのような理由からですか。

椎木:自分に子どもがいたことの影響が大きいかもしれません。

朝、二人の子どもを保育園に預け、近くの図書館で勉強し、

夕方また保育園に立ち寄り子どもを連れて帰るという生活をしていましたので、

自然に子どもたちを支援する小児科医に引かれていったように思います。

子どもの発達支援も小児科医の役割

中:先生がお考えになる小児科の魅力を教えてください。

椎木:小児は発達する存在で、限りない可能性を持って生まれてきます。

親御さんや周囲の人たちと接する中で、あるいは支援を受ける中で、

可能性を大きく開花させていく存在です。

医者という職業は「病気を治す」ことが中心で、もちろん小児科医にもそれが求められますが、

それだけではなく、子どもの発達を支援するという教育的な側面もあることが、

小児科の非常に魅力的な点ではないかと思います。

 

療育病院の看護の特色

中:医師であり、かつ教師のような役割を持って、

子どもの成長・発達段階に必要なサポートを行う診療科ということですね。

そういった特徴のある診療科、特に貴院のような位置付けの病院には、

どういった看護師が向いているとお考えになりますか。

椎木:長期間にわたって患者さん、利用者さんと付き合っていたい方や、

その人たちの生活、発達を支えたいという方には、非常に向いているのではないでしょうか。

近年、当院に入職する看護師さんは圧倒的に新卒が多いです。

以前は「最初から療育病院の看護師になるのではなく、一般病院を回ってから来るのが普通の流れではないか」と考えていたのですが、

最近の若い方の中には「まず、こういうところで働きたい」と言われる方が結構いらっしゃるので、

認識を改めた所です。

中:貴院での看護業務は、急性期病院のような一時的なものではなく、

出生直後から長年かかわるケースが多いかと思います。

病院としては、短期的なサイクルで変わるよりも長期的に将来を見据えて、

こちらの病院を職場として選ばれる看護師のほうが望ましいのでしょうか。

椎木:当院の勤務だけをずっと続けられるという人は、それほどいらっしゃらないようです。

皆さんいろいろな経験を積みたいとお考えになられ、その中で最初にどこを選ぶかということだと思います。

我々としてはもちろんずっと当院にいてもらえることは嬉しいことですが、そうでないとしても、

最初に生活や発達を重視する療育病院で看護を経験されることは、その後、看護師として仕事をする上で

非常に大きな意味を持つと思います。

しばらくしてまた当院に戻ってくる看護師さんも結構います。

障害のある人の生活をトータルで支援する

中:今後の超高齢社会の中で、それぞれの病院に期待される役割が変化していくことが予測されます。

貴院では、こういう方向に病院を変えていこうといったビジョンはございますか。

椎木:当院の特徴は、在宅でお世話することが難しい方をお引き受けして、

終生こちらで暮らされる方が多いという点です。

そのため、当初は子どもでも、やがて成人されます。

いま当院に長期入所されている方は144名ですが、20歳以下は十数名に過ぎず、平均年齢は約37歳です。

60歳代の方もいらっしゃり、小児から成人、高齢者まで含めて支援をしています。

このように一般病院とかなり性格が違うという背景のもと、

我々の考えの基本は、さまざまな障害のある人たちの生活をトータルに支援するということです。

当院で暮らす方に対しては、その人の健康、生命維持、発達の促進、日常生活の質の向上の支援を、

さらにレベルアップしていかなければいけないと思っています。

在宅で生活されている方の場合、主な介護者はお母様のことが多いですが、

お母様をはじめとした家族の支援も必要です。

お子さんのご兄妹の学校行事や冠婚葬祭、さらに時にはご自身がゆっくり休みたいことなどもあるので、

それらを可能にするためにショートステイも積極的に行っています。

そのためのベッドも今28床あり、稼働率は90%以上です。

通所や訪問看護、訪問リハビリなどにも力を入れていますが、

より総合的な支援をしていきたいと考えています。

近年、外来には発達障害、知的障害の方がたくさん来られます。

診療、相談、リハビリなどを積極的に行っていますが、その割合はどんどん増え、

今や8,9割がそういう方で占められるようになってきています。

発達障害、知的障害の方々の地域における中核支援施設としての役割も加わってきています。

発達障害、知的障害のリハビリに関しては小学校入学の段階で終了になることが多いものの、

基本的に診察の終了は年齢で決めることはなく、ライフステージに応じて支援を続けていきます。

当院のみでは困難な場合でも、他の施設と連携して、一定のレベル以上の支援は続けていきたいと考えています。

中:病院の名称に「小児」とついていますが、その特徴から、対象は小児だけではなく

成人も含むということですね。

貴院に勤務する時には、それをしっかり踏まえておくことが一つの鍵になるように感じました。

椎木:職員の入所時の面接の際には必ずそのことをお伝えしています。

後編に続く

Interview Team