No.193 横浜市立大学附属市民総合医療センター 後藤隆久 院長 後編:看護師は病院の質を決める存在

インタビュー

前編に続き後藤先生に、院長ご就任後の経営改革の取り組みと、病院運営における看護師の役割、

今後への期待などを語っていただきました。

急患を断らない

中:実際に病院長になられてからはいかがでしたか。

マネジメント上「こういう点には注意している」といったことはございますか。

後藤:私が病院長に就任する前の数年間、当院は経営的に順調とは言えない時期が続いていて、収支改善や集患が課題になっていました。

しかし医療従事者のほとんどは、お金儲けをしたくて医療の世界に入ってきたわけではないので、

お金のことを言われてもどうしたら良いか分からず、モチベーションが落ちます。

そのせいか、病院長に就いた時、誰もが目標を見失い、院内の人の心が少し乱れているように感じました。

そこで先ほどのボートの話ではないですが、まず、向かう方向を統一することを図りました。

具体的には、急患を断らないということです。

当時「忙しくて対応できない」「ベッドがあいてない」といった理由で急患を断る病院が多く、

それが「たらい回し」と呼ばれマスコミで事件のように取り上げられていました。

しかし我々は横浜の医療の最後の砦を自認している病院です。

よって、それは許されません。

ですから、とにかく急患を断らずに受け入れていこうと、繰り返し院内に意思を伝えました。

電子カルテによる意思伝達

中:意思伝達はどのようになされましたか。

後藤:いまの医療環境は非常に厳しく、急性期病院は忙しくなる一方で収支が伴いにくく、

現場にいるとそのしわ寄せをかぶっているように感じがちです。

では、なぜそのような政策がとられているのか、その理由がわからないと、

地図も磁石も持たずに山奥をさまようようなものです。

そこで医療政策や医療経済の考え方を短くA4用紙1枚程度にコンパクトにまとめ、

電子カルテで発信することを始めました。

「いま当院はこういう方針を立てています。なぜなら今はこういう環境で、それに対応するにはこう考えるからです」といった内容で、今までに18回配信しています。

中:反響はいかがですか。

後藤:それが結構読まれているのです。

経営学や経済学など嫌がれるかなと思っていたのですが、

皆さん興味があるようで、ありがたく思っています。

このような取り組みの結果かもしれませんが、院内の雰囲気がたいへん良くなりました。

経営的にも好転して危ない時期は乗り切り、次の一手を考えられる段階まで来ました。

もちろん当院には創立148年という伝統があり、

連綿と築いてきた地元からの信頼とブランド力があってのことだと思います。

それは一朝一夕にはできないことで、非常に感謝しています。

不安の原因を探して納得する

中:医療政策や医療経済をわかりやすくスタッフに伝える技術はどのように習得されたのでしょうか。

後藤:2005年頃に研修医制度の変更などを背景に、外科や産科、

小児科等の医師不足による医療崩壊が起こりました。

麻酔科も例外ではなく、私も「どうしてこんなになるのだろう」と、すごく不安で苦しい思いをしました。

ある時、偶然ビジネススクールの前を通りかかり、

医療経済の週末セミナーがあることを知って受講したのです。

そこで出会った先生が素晴らしく、自分の中にくすぶっていた不安感が払拭されました。

政府も病院を潰そうとしているのではなく、限られた財源で社会が安定するように精密に考えて

政策を決めていることがわかりましたし、逆に病院が何か新しい将来を見据えたトライアルをすれば、

それを現場から政策立案者に提案し次の政策に反映させる道もあるということです。

この体験から、病院の勤務者も、納得できないことがあれば不安を抱えず、

ディスカッションすれば良いと考えるようになりました。

納得することはたいへん大事で、納得できれば働く上で一つの力になると思っています。

病院の質を決める鍵は看護師

中:看護師について少しお伺いいたします。

病院で最も人数が多い職種は看護師ですから、

看護師が病院の経営や運営の方針を理解していることも大切なのではないでしょうか。

後藤:たいへん重要だと思います。

看護師は、病院の質を決める鍵です。

少し大雑把な表現ですが、病院の診療の規模はそこで働く医師で決まる一方、

質は看護師で決まると思います。

ですから看護師が毎日の仕事の意味を理解していることで、その病院の質が上がり、

その結果、病院の経営が好転するだけでなくて、最も大切なことは、患者さんのケアが良くなります。

ナースプラクティショナーへの期待

中:ナースプラクティショナーについてはいかがですか。

日本ではまだ導入されていませんが、

アメリカ的に専門分化された看護師についてどのようにお考えでしょうか。

後藤:それも非常にポイントをついたご質問です。

横浜市大の麻酔科学教室では5年前から、医師とともに麻酔を行える周麻酔期看護師を養成しています。

大学院修士課程に入ってもらい、一年目は医学部の授業にも出席し、

二年目は研修医と同じように麻酔の実習をします。

このようなスキルを持った看護師に、術前外来や術前評価、患者さんへの説明の段階で参加してもらうと

患者さんの満足度が高くなり、能率も上がります。

マンパワー的にも助かります。

いま、医師の働き方改革やタスクシフティングという話が出ていますが、

周麻酔期看護師の登場は正にこのタスクシフティングの一例です。

そして海外に目を向けて見れば、それが当たり前のように行われています。

国内でも教育システムさえしっかりしていけば、何の問題もなくできるだろうと思います。

看護師のキャリアパス

中:看護師がより進化していく一つの方向として注目されますね。

後藤:一方で、これからの医療は地域包括ケアに向かいます。

入院期間はできるだけ短くし、地域に帰って人との繋がりの中で生活していただくという時代です。

それを支援するのは、やはり訪問看護師です。

高度専門分化が進む急性期と地域医療という、双方の道がいま

看護師のキャリアパスの道として開けているのだと思います。

中:では最後に、看護師へメッセージをお願いします。

後藤: 当院は急性期病院ですが地域密着型の病院です。

当院のような環境で働かれる看護師さんには、地域に目を向け、

幅広い視野を持っていただきたいと思います。

患者さんが退院後にご自宅に帰られる、あるいは施設でリハビリに励み自分の生活に戻られていくという、

長いスパンを理解できる看護師さんになってください。

看護の本質は「生活を支える」ということです。

そして、看護師さんは、病院の質を決める存在です。

是非そのようにお考えになって自己鍛錬をしてください。

インタビュー後記

ナースプラクティショナーに対する知見も後藤先生にお聞かせいただきました。

日本では、ナースプラクティショナー自体は制度化されていませんが、医師業務のタスク・シフティングも見直される今

制度的な議論も進む可能性を感じることが出来ました。

横浜市大のように、病院や大学が独自に医師とともに麻酔を担う、周麻酔期看護師を養成されている事実から

鑑みても、看護師の新たなキャリアの可能性は広がっていることは間違いなさそうです。

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Interview Team