No.131 谷口孝江様(堺市立総合医療センター)前編:「成長したいという気持ちを大切にしたい」

インタビュー

今回は堺市立総合医療センターの看護局長、谷口孝江様にインタビューをさせて頂きました。

谷口看護局長の手腕と魅力に迫ります。

姫様のような看護学生の看取りゆく我が幸せを神に感謝する

看護師になられたそのきっかけなどをお伺いさせてもよろしいでしょうか。

谷口:大人になったら、しっかりと責任ある仕事を持って社会に貢献できる女性になりたいと、幼い頃から思っていました。

そして医療に興味がありましたので、自然に看護師、助産師の道を選ぶことになりました。

学生時代で一番心に残るようなエピソード、実習含めてあとはプライベートの時間も含めてお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか。

谷口:高校時代から体操部に所属していたこともあり、身体を動かすとか、アクティビティなことが大好きで、助産師になってからマタニティエアロビクスのインストラクターの資格を取得しました。

母親学級や両親学級で、妊婦さんたちに音楽に合わせて体を動かしてもらったり、

開業されている知り合いの産婦人科医にエアロビクスを取り入れることを勧めたり、色々な経験が役に立ち繋がりができるのだと思ったことを覚えています。

その頃、プライベートでスキー旅行に行った際、

たまたまスキー場で開催されていたダンス大会で優勝したことがあるのですが、何より驚いたのが、私がずっと男子だと思われていたことです。

表彰していただく時に女性だとわかって、ちょっとその場が盛り上がりました。お恥ずかしい話ですが、あまり大人しいタイプではないようです。

学生時代、初めての臨床実習での出来事です。

緊張して病棟に着くと、指導者である看護師さんが患者さんに私を紹介して下さいました。

ご高齢で肺気腫の患者さんでした。「今日から、この学生さんが付いてくれますよ。よかったですね。」と話しかけていました。

すると、その患者さんは、「いやいや、私にはそんな学生さん付いてくれんでいい」と言われたのです。

それはそうですよね。まだ何も出来ない、右も左もわからない看護学生が付いてくれるといっても、迷惑なだけです。

それどころか息も苦しいのに、患者さんの方が学生に気を使わなければなりません。私は何か当然のような気がして、不思議に断られたことにショックはありませんでした。

ただ、その時の看護師さんが大変気を遣ってくれて「こういうこともあるのよ」、「へこまなくてもいいのよ」と、おっしゃってくださったのを覚えています。

でも次の日、患者さんは悪いと思ったのか、私が学生として担当させていただくことを承諾してくださいました。その事を聴いて、私はやはり嬉しかったです。

「迷惑にならないようにしよう。いやいや、少しでもいいから学生がいてくれて良かったと思ってもらえるような実習にしなくては」と、心に誓いました。

患者さんの病態に関する本を読み直したり、看護師さんから感染予防が大切だと学んだり、そして患者さんが今何を望んでおられるのかを聞いてみたり。とは言っても、たがが基礎実習にきている看護学生ですから、できることは限られています。

でも私の学習のために、貴重な自分の時間を費やしてくれる患者さんに応えなければならないという想いは強くありました。

そして実習も終わりに近づいた頃、患者さんが私に詩を送ってくれたのです。

「姫様のような 看護学生の看取り受く 我が幸せを神に感謝す」

この詩をいただいた時は素直に感動し、褒めてもらえたような気分になり、なにか達成感のようなものを感じていました。

その頃、朝日新聞に『声』という読者の自由投稿ページがあったのですが、臨床実習で感じたことを投稿し掲載されたことを覚えています。でもそれは若かりし頃の自惚れでしかないと、今になってわかるのです。

なぜなら改めてこの詩を読んでみると、次のように違う言葉が浮かんでくるからです。

「今まで自分が一所懸命、信じて歩んできた道は間違ってはいなかったのだろう。神様はちゃんとわかってくれている。きちんと治療を受けることもできるし、学生と過ごすことで教育という未来への貢献もできる今がある。生まれてきて良かった。生きてきて良かった。」

このように読めるのです。そう、ご自身への賛歌だったのではないかと。

この経験は私にとって忘れられない学生時代の思い出であると同時に、今でも原動力になっています。こんな私を姫様にし、患者さんが自分の人生を良かったと振り返ることが出来る力、その力がある看護は凄いのです。

普通なら関わることもないであろう人々でも、必要な場面ではその人生にさえ入り込んでいきます。生命に関わる場面にも立ち会います。当然大きな責任が発生します。

しかし一人一人の生命と人生に真摯に向き合うことで、想像もできない感動や喜びを感じ、看護師自身も人として成長できるのだと思います。

病院の引越しを2回も経験

卒業されて看護師さんになられてから、管理職をされるまでのお話をお伺いしてもよろしいですか。

谷口:そうですね、助産師の資格を取り、当時の市立堺病院へ就職しました。

今の堺市立総合医療センターです。そのころ分娩は非常に多く、1月に100件の分娩がありました。今では考えられない数です。

本当にいろいろなお母様方やご家族の方々へのお手伝いをさせていただいて、貴重な経験を積ませていただきました。また先輩の助産師、看護師たちは、仕事をきっちり教えてくれました。

時々、患者さんの中には看護師は医師の指示があって動くのだと思っている方もあるのですが、決してそうではありません。刻々と変化する患者さんを観察し、臨床推論できる力が必要です。

私は助産師だったこともあり、分娩経過を予測することが安全な分娩のためには不可欠です。そのような知識と技術の基礎は、就職当時の先輩達の指導のおかげだと感謝しています。

就職して数年が経過し、職場でリーダーと呼ばれる役割を担えるようになると、看護学生を指導する立場になります。

私は教えることが大好きでしたから、いつも学生も私の話はよく聞いてくれました。もちろん私自身、学生から学ぶこともたくさんありました。

産科の実習では、学生達が初めて分娩に立ち会います。ある日、分娩の見学を終えて感動した学生が家に帰ってから母親に「私を産んでくれてありがとう」と、泣きながら伝えたそうです。

いきなりの出来事に母親は驚きましたが、嬉しさのあまり我が子をそのまま抱きしめました。抱きしめられたのは初めてだと、照れながら私に話してくれた学生の生き生きした表情を今でもはっきりと覚えています。

私も一端の先輩として、仲間の成長を手伝えたような、不思議な興奮を忘れることができません。その後、看護師全体の教育プログラムを企画・運営したり、評価したりと教育を担う仕事に長く携わりました。

平成8年に新病院の開設、そして平成27年には救命救急センターを併設した新病院への移転と、堺市立総合医療センターは私が就職してから3つ目の建物になります。したがって私は、病院の引っ越しを2回経験しているのです。

引っ越しで大変だったことや最も困難だった調整について教えて下さい。

谷口:この病院に移転する平成27年は、病床の稼働率が非常に高い状況でした。

入院している患者さんをどう安全に移動していただくかということが課題でした。安全を第一に考えると、入院患者さんをゼロにするということがやはり一番安全だろうということになったのです。

稼働病棟を少しずつ減らす計画や、入院中の患者さんとご家族の説明などは看護師長らが中心になって実行しました。また地域の医療施設の協力やご理解も有り、本当に引っ越しの当日には入院患者さんが5人でした。

その引っ越しのシミュレーションもされたのでしょうか。

谷口:何度もシミュレーションを行いました。

車両に乗る際には医師、看護師は必ず付き添うようにする。

移送されてきた時に酸素やベッド、どういう点滴であるとかどういうものの準備が必要で迎え入れスタンバイのタイミングはあっているかなど、そういうシミュレーションを何度も繰り返しました。

成長したいという気持ちを大切にしたい

管理職になられるきっかけや動機をお伺いしてもよろしいでしょうか。

谷口:元々、管理職を目指した訳ではありません。

紙カルテから電子カルテに切り替わる時期に、マスタの作成や運用を検討する作業に関わりました。まだその頃は、全員がコンピューター操作に慣れている時代ではなく、家庭にPCもあまり普及していませんでした。

私がたまたま、得意であったこともあり、電子カルテが導入される時に看護師全員に対して操作訓練を企画し指導しましたので、それは1つの実績に繋がったのかもしれません。

管理者へはどなたかの推薦があったということでしょうか?

谷口:はい。

管理者に限らず、キャリアを積むには推薦だけでは不十分だと考えています。

現在は看護師ラダーを導入しています。教育履歴や研究実績など評価指標があり、それぞれ管理者を目指すのか、スペシャリストを目指すのか、まずは個人の目指すところが大切です。一人一人がキャリアをどう積んでいくのか、上司と面接しアドバイスを受けながら、また研修を重ね、迷いながらじっくり考えるプロセスを大事にしたいと思っています。

管理者になられてからの変化についてお伺させていただいてもよろしいでしょうか。

谷口:特に変化は自分ではわかりませんが、狭い領域にのめり込まないように気をつけています。これは視野も、考え方も、という意味です。

今、やろうとしていることは患者さんのために良いのか、患者さんは当院だけでなく地域全体の患者さんにとってどうなのか。はたまた堺市民にとって良いのか。という具合です。

大きな話だと思われるかもしれませんが、病床にも限りがある今の時代ですから、未来を予測しながら自らの行動を客観的に評価する習慣を大切にしています。

その師長になられて大切にしていたことは何かございますか。

谷口:そうですね。

成長したい、もっと勉強したいという一人一人の気持ちは大切だと考えています。

進学したいという人もたくさんいます。師長としてはこの病院に残って働いて欲しいとも思いますが、私はその一人ひとりが勉強したいとか成長したいという気持ちを大切にしたいと思っています。進学や留学の希望は、積極的に応援しています。

今、大学の講師になったり準教授になったりして活躍している人がたくさんいます。海外で頑張っている人たちもいます。

そういう人たちと連絡を取って、意見交換できたり、アドバイスをいただいたりできることは、何よりの財産です。

後編へ続く