前編に続き、看護師に期待することや診療上のトラブル対応の秘訣などを棚橋先生にお伺いしました。
またチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマとの関係など、興味深いお話もお聞かせいただきました。
新人看護師への期待
中:新人看護師の教育というお話が出ましたが、先生が看護師に対して、
「こういうところを進化させて欲しい」といった期待されることをお聞かせいただけますか。
棚橋:私が看護師に期待することは「優しさ」です。
そして、医療職者に求められる特殊性をきちんと理解してほしいと思います。
我々は生活のために仕事をするという面もありますが、決してれそれだけではないことは
皆さんよく理解された上で医療職を目指してこられたのだと思います。
中でも看護という職業は特殊で、何か物を売るということではもちろんなく、患者さんをケアする仕事です。
多くの患者さんは、必ずしも高度な医療を求めているわけではありません。
看護師が患者さんの訴えをよく聞くこと、その優しさが大切です。
患者さんを最大限大切にして、患者さんが必要とするものを察知できる看護師や医療スタッフの能力が、
これからの病院を支えていくのだと思います。
全員が同じ方向に向かうことが大切
中:「患者さんを大切にすること」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。
棚橋:看護師に限らずすべての職員に対して私がよく話すことは、来院された患者さんが帰宅するまでの間、
不愉快な思いをさせるスタッフが1人でもいてはいけないということです。
来院中の患者さんは、実に多くのスタッフに会われます。
まず受付、次に看護師、そして医師、検査室では検査技師、続いて処方薬の説明を薬剤師から受け、
最後に会計と、少なくても6〜7人と会話をします。
その過程で1人が不愉快な思いを与えてしまったら、その病院はその患者さんにとってもうお終いです。
病院という組織はたいへん特殊な環境で、そこに身を置くすべての職種の人が
同じ方向に向かっていくことが求められる職場と言えます。
中:そうしますと、いま現在も貴院のスタッフ全員が同じ方向に向かい、
患者さんに優しい病院作りを目指されているわけですね。
棚橋:患者さんに対してのみでなく、スタッフ同士の優しさも大切です。
例えば悩みを抱えている看護師がいたら、周囲のスタッフが何かの役に立てないかと考える。
同じ職場、グループの一員ですから、そういうスタッフ同士の思いやりを大事にする風土がなく、
患者さんの方だけに目を向けているだけでは、病院の雰囲気はなかなか改善するものではありません。
実は、この点については私も病院長になって初めてわかったことです。
スタッフの誰もが「ここにいたい。この病院で働きたい」と思い、
結果として患者さんに評価されるような病院作りを目指していかなければいけないと、今は考えています。
入院診療では看護師の力がより重要になる
中:そういう意味では本当に医師だけでなく、受付のスタッフや看護師など
職員全員で病院の総合力を高めていかれているのですね。
棚橋:まさにそういうことだと思います。
ただ、その中で患者さんに接する時間が最も長いスタッフは看護師です。
特に当院は入院診療のみですから、看護師への期待はより大きなものがあります。
中:やはりそうですか。
棚橋:入院中の患者さんに対して医師がすることと言えば極端な話、1日1回の回診ぐらいです。
しかし患者さんがナースコールを押せば、その都度、看護師はベッドサイドに行き優しく対応してくれます。
その優しさの方が医師の診察より遥かに大切なのかもしれません。
これからは「治れば良い」という姿勢で患者さんの満足を満たそうとするばかりでは、
病院は生き残れないと思います。
中:看護師は今、より高度な医療に対応するスキルを要求されるようになっていますが、
そうであっても医療職の原点としての優しさを常に持ち続けていく必要があるということですね。
棚橋:患者さんの上に立つのではなく、常に同じ視線で接することが大切です。
3年前、ダライ・ラマが埼玉医科大学へ来院された際に、含蓄のあるお話を聞かせていただきました。
ダライ・ラマからのメッセージ
中:チベット仏教最高指導者のダライ・ラマですか。
驚きました。
棚橋:チベットが中国に翻弄され難民が発生した時に、当時の当院の理事長(丸木清美先生)が
難民の子どもたちを当時の毛呂病院に招き、医師や看護師として育成したという歴史があります。
そのご縁で今も当院はチベットと交流があります。
ダライ・ラマが当院にいらした時おっしゃるには
「人間はみんな平等だ。だからあなたがた医療者が患者さんと話をする時も、まずにっこり微笑み相手の目を見なさい。そしてその人の立場に立ってお話をしなさい。最後はやはり温かい心を持つことが大事ですよ」
ということでした。
ダライ・ラマからこのような言葉をいただけることは当院の誇りでもあり、
我々はこの言葉を大切にしていかなければいけないと感じています。
トラブルは小さい芽のうちに対処する
中:素晴らしいお話ですね。
ところで先生が現在、院長として特に気をつけていらっしゃることを教えていただけますか。
棚橋:何か問題が起きたら必ず自分も出て行くということです。
職員にはそのように伝えています。
例えば患者さんのご家族とトラブルになりそうな時、
それに関わっている看護師や医師は非常に落ち込むものです。
どうせ落ち込むのなら、私も含めてみんなで対応し解決しよう、というスタンスを大切にしています。
このことに関連し、ご家族とトラブルになる理由を突き詰めると、結局、
医療者側が患者さんやご家族の発するサインを見過ごしていることが多いと感じます。
ご家族の方がちょっと漏らした言葉は非常に重要です。
病棟で看護師がそのような言葉を耳にしたら、必ず報告してほしいと思います。
中:大きなトラブルになる前に芽を摘んでおくことが大切ですね。
棚橋:看護師は医師への遠慮があり、報告しづらいのかもしれません。
しかしそれは絶対にやめてくださいと伝えています。
読書を堪能できる喜び
中:最後の質問ですが、先生のご趣味をお聞かせいただけますか。
棚橋:教授職を離れてから少しは時間ができるようになりましたので、本を読むようになりました。
今の院長職に必要な経営学や人生哲学なども読みますが、好きなジャンルは歴史です。
これまで医学の専門性を高めるばかりで、あまり趣味の本を読めませんでしたので、
とても楽しい読書の時間を過ごさせていただいています。
あとは孫と遊ぶことです。
公園に連れて行ったり、一緒にゲームをしたりしています。
看護師へのメッセージ
中:それではまとめてして看護師へのメッセージをお願いいたします。
棚橋:看護師さんにとって最も大事なことは、いくつかあるかと思います。
まず第1に、新人看護師や比較的若い看護師さんの場合はしっかり勉強することです。
中途半端に覚えないこと、しっかりと基礎から勉強していただくこと。
学ぶべきは、ケアはもちろん医療全体に関わることも含めてです。
それが第1です。
もう一つは、医療職に求められるものは一体何なのかを突き詰めることです。
もちろんその答の一つが技術であることは当然ですが、我々が対象としているのは、
病める患者さんやケアを要する人です。
そういった方への優しさをしっかり持ち示すこと、それが大事です。
そして、優しく温かい気持ちを持つためには自分の精神状態も安定していなければなりません。
常に安定した精神状態と健康を保ちながら、患者さんに対して優しさを示せるような、
そういう看護師になってほしいと私は思っています。
インタビュー後記
棚橋先生の看護師へのメッセージは、全ての看護師にとって大切なお言葉だと感じます。看護師が優しさを大切に、心ある看護を行うことの大切さを実感いたしました。
看護師は、医師と共に患者さんを救う仲間であり、かつ優しさをもって看護にあたる。そうすることで医師側も安心して看護師に任せられる範囲が確定出来るのですね。