前編に続き、長田先生が看護師に文学的素養を求める理由を詳しくお話しいただきました。
患者さんの背景を理解する
中:看護に文学が必要だとのことですが、
そのようにお感じになられた具体的なご経験をお聞かせいただけますか。
長田:看護師たちが「あの患者さんは認知症があります」と言っていた、
がん患者さんの病室を訪れた時のことです。
私が話をしてみますと、どうやら陸軍の下士官でインパール作戦に従軍した方のようでした。
私も本を通してあの作戦がいかに無謀で過酷であったかを知っていましたので
「あれは企図した軍首脳に責任が…」と言いますと、少しセンシティブな内容になりますが
あえて申しますと、その患者さんが突然起き上がって「あの責任は天皇にある」と言われたのです。
つまり、その患者さんは全く認知症ではなかったのです。
ただ、看護師と話題の共通項がなかったのでしょうね。
仮に看護師がインパール作戦を詳しくでなくても悲惨な出来事があったというくらいの知識があれば、
その患者さんはもう少し元気に入院生活を送れたかもしれません。
看護大学で習う「老年看護学」といいますと膨大な情報を箇条書きにして覚えていくことになります。
それは違うと私はいつも考えています。
中:たいへん素晴らしいお話です。
私たちは戦争の年表は学んでも実際そこであった事実を学ばないで生きています。
しかし、例えば流行りの音楽や映画などをきっかけに、戦争に少しだけ興味を持つ機会はあります。
そこで少しでも知識を得ておけば、そこから共通の話題が生まれ、
戦争体験がおありの患者さんと仲良くお話ができると思います。
長田:そうですね。
少なくとも活き活きとは、していただけるでしょう。
中:多くの看護師が、一生懸命仕事に取り組んでいるのに何か足りないものがあると
感じていると思うのです。
例えば患者さんとの距離が一歩埋まらないというような感覚です。
それは患者さんの疾患しか見ていないからなのかもしれません。
患者である前に一人の人間として接するべきなのですね。
今まで伺ったことのない新しいことを教えていただけました。
ありがとうございました。
発達障害を理解する
中:続けて質問させていただきますが、医療界全体を見渡しまして、
いま気になるトピックのようなものはございますか。
長田:発達障害に注目しています。
もちろん外科医である私の専門外ではありますが、独学でだいぶ勉強してきました。
発達障害は小児だけでなく成人にもあり、頻度的にも珍しいものではありません。
このようなことを知るにつれて、長年の課題に解決の糸口が見えてきたような感を抱いています。
どういうことかと申しますと、職員間または医療者と患者さんとの間で人間関係が
そこかしこでうまくいかない原因として、発達障害の可能性がある人を相手にしているかもしれないと
理解すると、自分が優しくなれるのですね。
怒りをこらえなければいけない場面が少なくなります。
このような視点は医療者間の人間関係の調整にも役立つのではないかと感じています。
いま私の非常な関心事で、もっと勉強したいところです。
中:先生もまだ勉強を続けていらっしゃるのですか。
長田:もちろんです。
私の専門分野でも新しい薬が出て、大学定年後に登場した薬は改めて勉強しないと使えません。
抗がん剤で患者さんの遺伝子解析をした上でないと保険適用にならない薬も増えてきました。
そういった進化のスピードがますます速くなっています。
それでも若い外科医が減ったので、我々の世代も頑張らざるを得ません。
外科は絶滅危惧種
中:インタビューの冒頭でも外科の若手が減ったとおっしゃっていましたが、なぜでしょうか。
長田:訴訟リスクが高いことが大きいです。
一時期ほどではありませんが、いまだにやむを得ない手術合併症の責任を外科医に問う風潮があります。
また緊急手術などで勤務時間が不規則になりやすいことも理由の一つです。
今の若い人はプライベートな5時以降を大切にしますので、外科の人気は凋落しています。
私は冗談半分、真面目半分で「あと何年かしたら外科はもうなくなりますよ」といっています。
中:後者の問題に対しては今、医師の働き方改革を進める機運が高まっていますね。
長田:働き方改革で残業時間をカットすると言いますが、
そうするには夜間の救急体制を縮小するなどしなければなりません。
すると、それはそれでまた非難轟々でしょう。
予防医療への期待
中:貴院のこれからの経営についてはどのようにお考えになっていらっしゃいますか。
何か展開をお考えでしたらお聞かせください。
長田:病気の人をケアすることが従来の病院の概念でした。
今ももちろんそれはそうですが、できれば予防医学的な機能を付加していけないかと考えています。
例えば1泊2日でゆっくりと本を読んだり美味しいものを食べたりしながら
健康診断を受けていただくというセクションを作りたいなと。
ただこれは私の夢であって具体的には何も決まっておりません。
採算が合うのかどうか、検討中です。
中:病院の機能も時代に合わせて変わっていき、
そのことで地域の方々の健康を支えていくということですね。
外科医としてご自身の腕で患者さんを救われてきた先生が、
発症前の予防に力を入れていかれることに、少し面白いなと感じました。
長田:病気にならないことが、一番手っ取り早い介入ですから。
それに医療費削減にもなります。
中:まず人々を病気にさせないということですね。
広い裾野の上に専門が成り立つ
中:最後にもう一度、看護師についてご意見をお聞かせください。
現在、認定看護師や専門看護師などの資格を持った看護師が増えてきていますが、
今後もやはりそういった資格を増やしていく必要があるとお考えになりますか。
それとももっとジェネラルに看られる看護師を増やすべきでしょうか。
長田:そのご質問の答えは医師についても同じですが、
裾野が広く拡がる上に専門分化するという方向が必要なのだと思います。
日本の医学教育がこのあるべき流れと反対に、最初から細分化するように変わったと、
一概には言い切れませんが、若い人がそれを好むようになってきているようです。
なるべく自分の責任範囲を狭くし、しかし「専門に関しては深く知っているぞ」という価値観を好むのです。
横に広く手がけることは受け入れられないのですね。
その点、アメリカの教育は裾野が広く、徐々に専門に進んでいきます。
日本では研修医の時から縦割りしてしまいます。
例えば私が大学の呼吸器外科の教授でした時、消化器科の研修医が、
呼吸器を専門にしている人は消化器の事は知らないだろうからと、肝臓病について私に講義するのですね。
「そんなことは一通り勉強しているよ」と心の中で言いながら聞いていましたが、
そういう時代になっているのです。
少しでも自分の専門外のことは全て他の科に任せ、自分で診たり考えたりしません。
中:先生は卒後医師研修に関して、かなりお詳しいですね。
長田:今から10年ほど前に日本の医師研修制度が大幅に変わり、それが主因で深刻な医師不足が起き、
特に外科臨床医の疲弊が甚だしくなった時期があります。
その時期に、自分のインターン時代の経験を交えながら医師研修制度に関する提言のような本を
著したこともありますので。
今からお読みいただいても、問題の本質がおわかりいただけると思います。
看護師の話に戻りますと、看護もまた医師と同じで、裾野が広ければ広いほど、その上にある山の頂、
つまり専門領域が狭く絞り込まれていたとしても、ある程度広範囲に対応できます。
そうあってほしいと思います。
中:医師と看護師が同じような流れで変化してきているようですね。
長田:教えること、覚えることが多すぎて、基本的で人間的な部分が削られすぎてしまい、
結果において全体を見る目が乏しくなっているのが現状のようです。
中:ところで、先生はお仕事以外の時間をどのように使われているのですか。
長田:趣味はありましたけど今は時間がありません。
ただ、読書だけは今でも続けています。
いつもポケットには何か本を入れて、電車に乗る時などに読んでいます。
以前は映画を観るのが好きでした。
洋画の方が好きでしたが、森繁久彌の駅前温泉シリーズなど、
人情の機微、ユーモアとペーソスの両面が表現されている映画も好きですね。
小津作品もいいと思います。
中:先ほど先生がなさった、看護師には文学が必要だというお話に繋がりますね。
本を読み、幅広い映画を観るということが、看護師、医療者には意外に大切なことかもしれないですね。
長田:そう思いますね。
中: 本日はすごく良いお話をお聞かせいただきました。
本当に勉強になりました。
ありがとうございました。
インタビュー後記
長田理事長の、運命をポジティブに受け止める精神は看護師にも是非知っていただきたいと思います。
新たな役割が求められた時「大変だ」「無理だ」と思うか「やってみよう」「挑戦のチャンスだ」
と思うかは自分の脳が決めること。
自分の運命を信じ、ポジティブに実行することで、結果からの学びも大きい。
そうした事象を実践されていらっしゃる大変素敵なお話でした。