No.188 関東病院 梅川淳一 院長 後編:どこまでも患者さん本位

インタビュー

前編に続き、患者さんのご家族のケアの必要性と、終末期医療に関する考え方、

そしてスタッフとのコミュニケーションのとり方などについて、お話しいただきました。

父親のこと

中:脳が関係する病気では、患者さんのご家族のケアも求められるのですね。

梅川:認知症に限らず、例えば寝たきりの状態になった時に、

ご本人の幸せをどう考えるかといったことについても、いま啓発活動をしています。

私がそのような活動に力を入れる理由は、父親を脳梗塞で失った時の体験に基づくものです。

自分が勤務していた病院で看取ったのですが、脳梗塞後に最終的には気管切開して経鼻経管栄養を行い、

ある意味、寝たきりの状態にさせてしまったのです。

医者は呼吸状態が悪くなると当たり前のように挿管し、挿管が長引くと気管切開と、

どんどん進めていきますが「それが本当に正しいのか?」と立ち止まって考えなくてはいけません。

気管切開し発声できなくなった父親が、麻痺のため辛うじて動く手でメモを書きました。

その時は何と書いてあるのか判別できなかったのですが、だいぶ後になり何度も見直していたところ、

ある時突然、読めてしまいました。

「死にたい」と書いてあったのです。

私は「自分は本当に父親のことを考えてあげていたのだろうか」と考えました。

医療者としては当然、父親を死なすわけにはいきません。

点滴が末梢から入らなくなったら中心静脈から、糖尿病のコントロールには経腸栄養と、

ただ淡々と進めていたのではないかと自問自答しました。

本当にかわいそうなことをしてしまったと今でも後悔しています。

中: ご家族はどなたでも、患者さんに1分1秒でも長く生きて欲しいと願うのではないでしょうか。

梅川:もちろんです。

しかし、それは患者さんにとって酷なことでもあるということを知っていただく必要があります。

私は当院に転院してきた患者さんのご家族に、1時間ほどお話しをします。

「回復の見込みのない重度意識障害でも可能性を模索しますが、それでも好転の兆しがない場合、

身動きもとれず、ずっと天井を見つめたままの状態が、もし自分だったらどうですか?

みなさんが『もっと生きて欲しい』というのはエゴはないでしょうか。

人生の主役はご本人であってご家族や、ましてや医療者ではないのでは?」と言い切ります。

「どうしてですか?」と問われれば、自分の父親の話を持ち出したりして丁寧に説明しますと、

ほぼ100%のご家族が納得されます。

こういった説明をせずに「食べられなくなりましたから、胃ろうにしますか、中心静脈栄養にしますか」と

問うのは少し強引な選択ではないかと思います。

私は「人は食べないから死ぬのではない、死ぬための準備として食べなくなるのである」という言葉を

よく使います。

人間の生物としてのプログラムを阻害することはいけないのではないかと。

がんリハビリテーションチーム

中:先生のそのようなお考えを院内のスタッフの皆さんへどのように伝えていらっしゃるのでしょうか。

梅川:月1回、朝礼で講話をする機会があり、

ことあるごとにこういった内容を、いろいろな材料を使ったり視点を変えた話をしています。

ただ当院のドクターは若い人が多いので、どこまで理解してもらえているかわかりませんし、

強要すべきものでもありません。

とは言っても「院長があれだけ話をしているってことは、なんか大切な意味があるのだろうな」と、

きっと思ってくれているでしょうし、

5年後10年後に彼らが「こういう事だったんだな」と納得してもらえれば良いと考えています。

中:ご自身のお考えを少しずつ現場に伝えチームをまとめ上げていくというマネジメントスタイルですね。

梅川:スタッフの意見やアイデアに耳を傾けるようにしています。

例えば、当院では「がんリハビリテーションチーム」があります。

これは医師1人、看護師1人、リハスタッフ2人の計4人で1組のチームとなり一定の研修を受けた上で行うと、

診療報酬を算定できる制度です。

しかし私は別に加算が欲しくて始めたのではなく、

リハスタッフからの「終末期のリハをやりたい」という熱意に押されて始めたものです。

私自身も研修を受けました。

この取り組みが患者さんのために役立っているか否かを確認するため、患者さんが亡くなられた場合、

1年ほど経過してからご家族にお電話をいたしまして来院いただき、感想や評価をお伺いしています。

お褒めの言葉をいただくことが多いですが、それでは自分たちが気持ちよくなるだけですので、

悪いところや直して欲しかったところもお話しいただくようにして担当スタッフや院内に

周知、共有、改善していっています。

院内スタッフとの距離感

中:お話を伺っていて、貴院のスタッフの皆さんは、

院長をとても身近に感じられているのではないかと思いました。

梅川:そうかもしれません。

がんリハビリテーションチームの取り組みには私も参加しているのですが、ある時、

他院での経験が豊富なスタッフに「ほかの病院でもこういうふうにしているの?」と聞いてみますと、

「先生ね、ほかの病院ではこんな普通に院長とは喋れませんよ」ということでした。

ですから、スタッフに距離を感じさせていないことは確かだと思います。

しかし少し困ったこともあります。

何でも院長に言えば良いと思われているようで「トイレが壊れたから見に来てください」とか

「エアコンが臭いです」とか言われることもあります。

それでも始めうちは「そうか、そうか」と応じていましたが、組織としては良くないと考え、

今は「それは担当の係に言ってくれ」と答えるようにしています。

中:院長になれる時に、ご不安などはございませんでしたか。

梅川:院長という役職を務めるのが今回はじめての経験ですので「院長はどうあるべきなか、何をすべきか」

などわかりませんし、そんな教科書もありませんから、始めの頃は少し肩肘を張っていました。

朝礼の時も「学校の校長先生のように格好いいこと言わなきゃならん」と思って頑張っていました。

しかし、そういう構えた話はあまり伝わらないのですね。

ですから、今は自分が普段思っていることや本の感想などを話すようにしています。

中:朝礼での先生の講話に対し、何かレスポンスはございますか。

梅川:先日、看護師がナラティヴミーティングで

「日々の看護業務に疲れて何のために働いているのかわからなくなった」と話し出したのです。

何を喋り出すのだろうと聞いていると

「でも、いつかの朝礼で院長が『大変なことでも続けていれば患者さんの心に必ず変化が現れる。

その小さな変化に喜びを感じられるようになれれば、また続けていこうと思えるはず』と言っていた話を

思い出し、ケアの最中に患者さんが自分を見つめてくれるだけでも嬉しいと感じるようになった」ということでした。

それを聞いて「そうか、自分の話もまんざらでもなかったんだな。これからも続けていこう」と

思っているところです。

患者さん本位であることを徹底

中:貴院には、感じとる心をお持ちのスタッフがいらっしゃるのですね。

先生ご自身は、どのようにストレスを解消されていますか。

梅川:日曜日は学会出席などのため仕事になることがありますが、水曜日だけは必ず休みをもらい、

リラックスしています。

自宅が三浦半島の先の方にあり、犬の散歩で海に行くだけでも爽快です。

この経験からも、スタッフにも息抜きできる何処かや、何かを見つけるようにすすめています。

中:それでは最後に、看護師向けてメッセージをお願いいたします。

梅川:関東病院の院長の梅川です。

当院は「患者さんがその人の人生の主役である」を柱とし、

可能性があるうちは、その可能性を目いっぱい伸ばし、もしその可能性がないのであれば、

その人にとって何が大切かを考える病院です。

急性期病院ではありません。

ですから、非常に高いスキルを持っている必要はないのですが、

私が最も期待していることは、優しい心を持っている看護師さんであることです。

もし私たちの理念に共感いただけるのであれば、どうか当院に来ていただければと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

インタビュー後記

梅川先生の患者さんに対する献身的な向き合い方は、看護が学ぶポイントが凝縮されていました。

与えられた役割をどのように実施するかは本人次第。

自分に出来ることは何か?患者さんに必要なことは何か?という自問自答を繰り返し、臨床医時代から

現在の院長職に至るまで、常に前向きに医療に向き合っていらっしゃる姿勢を教えていただきました。

学びの精神は、どのような立場になっても忘れずにいたいものです。

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Interview Team