前編に続き、療育病院という組織を運営していく上で何が基盤となるのか、これからの看護師への期待などを、お話しいただきました。
先人の実績を守り、発展させる
中:先生が臨床医から病院長になられた際に、経営者として決意されたことはございますか。
椎木:院長に就任したのは流れのようなものでして、
私自身あまり自分の個人的な思いを実現することを重視しないスタンスでおります。
それより当法人、当施設が積み上げてきた実績を守り、発展させることを重視しています。
それを実現するために理念や方針・目標・計画を作成し、
その実現のために他の職員と役割分担をしながら院長としての職責を果たしたいと思っています。
私の考えや思いと言ってもあくまでも組織の理念や規則に沿ったものであって、
組織の上に個人を置くことのないように注意しながら、院長としてリーダーシップを発揮したいというのが私の願いです。
当法人は現在の東邦大学医学部、当時は帝国女子医専と言っていた時代の女性の先生方が創立しました。
「社会貢献をしたい」という熱い願いを胸に法人を立ち上げられ、当初は肢体不自由児施設からスタートし、
後に重症心身障害児・者施設を併設したという経緯があります。
その流れの中、熱い思いを持ったドクターが次第に集まり、医療必要度の高い人たちを積極的に受け入れ、
新しい医療機器も導入したり先進的な療育を進める中で、
さらにドクターが全国から集まってきたという歴史があります。
「本の写真を撮影して挿入する」
現在全国的に使われている超重症児スコアを開発したり、
東京都のモデルケースとして特別支援学校の先生方に医療的ケアの指導をしたりと、
先駆的なことを続けてきています。
私としては、先輩方の実績を引き継ぎ、理念を実現させることが最大の使命だと思っています。
そのために、もちろん自分で考え判断はしますけれども、
職員の意見を最大限に聞いて生かしていくというスタンスで進めています。
中:病院長になられてから、リーダー論や経営学などを学ばれたりしたのですか。
椎木:自分なりに勉強したり、詳しい人の指導を受けたりしました。
非常に助かったのは、当院の管理職の中には役所から来られた人もいて、
そのスタッフにノウハウを発揮してもらったり、教えてもらったりして、随分、組織的な活動ができるようになりつつあります。
みなさん、理念や利用者さんへ非常に強い思いを持っています。
ただ、その「思い」だけで物事がうまく運ぶわけではありません。
そこで、組織のあり方や病院経営、医療安全、感染対策などを、しっかりした方法論で学んでいき、
そのスキルと「思い」とをミックスさせていくことが、これからの課題だと考えています。
組織の文化を育む
中:スタッフ間のコミュニケーションを維持・改善するための取り組みはなさっていますか。
椎木:3年ほど前から、職員が1年かけて取り組んできた課題を中間報告・最終報告として発表し、
互いにディスカッションする機会を設けています。
最初は皆さんなかなか勝手が分からずドギマギしていましたが、最近は結構慣れて度胸もついたようで、
発表が板についてきたようです。
私がいつも言うことは「失敗を恐れてはだめだ」ということと
「部下に対する指導も失敗を注意するだけでなく、次に生かすような指導を心がけてほしい」ということです。
これからの時代は誰かが一人ですべてをすることはますます困難となりますし、
そもそも看護師という仕事自体、多くの方と共働し進めてく仕事ですから、
コミュニケーション能力が非常に重要です。
自分の意見を主張し、相手の意見を聞き、話し合い、違いや誤りを認め合いながら
互いに成長していけるような関係づくりが必要です。
中:お話を伺っていて、院長のトップダン方式ではなく、
病院の将来を見据えながら管理職を育てられているようなイメージを持ちました。
椎木:管理職としては自分の代で終わるわけではないので、組織をいかに持続させ発展させるかという視点が大切です。
先輩達が一生懸命作ってきた財産を受け継いで、さらにその上に豊かな実りをもたらし、
それを次世代に引き継ぐという流れを作っていかなければいけません。
自分たちはあくまで中継ぎです。
そういう組織文化を育てたいです。
病院としては利用者さん、患者さんが第一ですが、職員も大事にしなければいけません。
職員のみなさんは人生のかなりの部分を当院で過ごすわけですから、
職員が生きがい働きがいを持って、健康的に仕事をすることが非常に大切です。
全ての人が幸せに暮らせる社会の実現を願い、私たちは障害者の分野でその実現に貢献していくということだと思います。
「関心の的を広げ、豊かな自分を形成してほしい」
中:先生のご趣味についてお聞かせいただけますか。
椎木: 昔は無趣味人間でした。最初の大学は京都だったのですが、神社仏閣巡りをしたこともありません。
しかし最近はちょくちょく京都に行って寺巡りをしたり、都内の花や絵画を観に行ったりしています。
院長という立場上、職員に向けて「広い視野を持て」と言うのですが、その本人が何も知らないというのでは困りますので。
いろいろなことに興味をもち、視野を広げて物事をいろいろな角度から見られるようになると、
人とのコミュニケーションも円滑になってくるように思います。
逆に言うと、コミュニケーションが上手くいかない原因の1つは、
視野が狭いため相手の気持ちや考えがうまく理解できないからだと思います。
人は自分を基準に物事を考えやすいので、かみ合わなくなることが増えるような気がします。
円滑なコミュニケーションのためにはお互いに違いも知り、認め合うことが必要です。
中:看護師が患者さんに接していく上で求められるコミュニケーション力をつけるためにも
参考になるアドバイスだと感じました。
最後に、看護師により進化してもらいたいこと、
将来はこういう看護師になってもらいたいということがありましたら、メッセージをいただきたいのですが。
椎木:まず、看護師の原点である、患者さんや利用者さんの命、健康、生活を支えることを第一として、
その思いをしっかり持ち続けていただくことが非常に大事だと思います。
そのためには、看護師としての勉強はもちろん必要ですが、それだけでなく、
いろいろな経験や学習をすることが求められます。
なぜなら、患者さんや利用者さんにはいろいろな方がいますので、その思いをしっかり受け止めるためには、
自分自身が豊かな経験や知識がないと対応できないからです。
例えば、文化、芸術に親しんだり読書をしたり、旅行をしたり、他分野の方々と交流したりすることです。
同じ分野の人はどうしても考え方が似る傾向があるので、積極的に違う分野にいる人と関わることによって、
自分を豊かにしていくことができます。
しっかりとした自分の考えを持つことも大切です。
看護に対する考え方はもちろんですが、自分の生命観や人生観、哲学をしっかり持ち、
信念に基づいて人と接することが大事です。
患者さんや利用者さん、周りのスタッフ、医師などにとって、
非常に頼りがいのある看護師になっていただくためにも、
強風にも倒れない木々のように、ぶれない信念と柔軟性を併せ持った、
硬固にしてしなやかな看護師さんになっていただきたいと思います。
期待しております。
インタビュー後記
椎木先生の大きな特徴は何と言っても物理学から医学へ移行されたということ。
一度進路を決めたから、その後は医療に進む可能性が断たれた訳ではない。
思い立った時に、新たな決意を持って再スタートする道もあるのだと学ばせていただきました。
ただ、それには先生のように家族の了承や、並々ならぬ努力も必要となる。
家族を思い、医療を愛する気持ちがなければ、先生のように継続して熱く思いを持ち続けることは難しいという側面があることも事実。
一般企業勤務から、看護師を目指す方も増えているので、先生のお話は大変参考になると感じました。
また、看護師に対して、様々な背景の患者さんを看るからこそ、看護師も多くの経験を積む必要があるとお話いただき
とかく「井の中の蛙」になりがちな看護師の環境に一石を投じていただいたと思います。