第5回目のインタビューは都内の病院に勤務する看護師、池亀俊美さんです。インタビュー前編では、池亀さんが担当する医療の質改善についての取り組みについてお話いただきました。医療の質の国際基準とはどのようなものか、とても興味深く伺いました。
2つの部署をまたにかけて
今のポジションに至るまで、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?
池亀:看護短大を卒業後、元々アルバイトしていた大学病院の小児循環器病棟に就職しました。その後大学に編入して2年勉強して、また同じ病棟に戻ろうと思っていたのですが、子供の先天性心疾患だけだとそれでしか生きていけない狭いかなと思ったんです。同じ循環器を学べること、さらに新病院ができるということで今の病院に決めました。1992年に就職してまず内科系の病棟で1年半、その後集中治療ケアで約10年勤務しました。2000年に師長(当時は婦長)になり、循環器・心臓外科・ハイケア病棟で勤務していたのですが、外来と病棟を同じユニットにするからということで心臓外科外来も兼務しました。
早い段階で管理職になられたんですね。管理職になる切り替えのタイミングは池亀さんにとって大きな意思決定ではありませんでしたか?
池亀:私の時代は管理だけではなくベッドサイドもやりながらでしたので、そんなに違和感を感じなかったですね。今は変わってきているかもしれませんが・・・。両方を経験して、管理よりベッドサイドの方があっているかなと思います。
現在所属されている部署はどんなところでしょうか?
池亀:看護管理室とQI(Quality Improvement)センターの2ヶ所に所属しています。看護管理室は看護部門全体のこと、特にベッドコントロールやその日の病院全体の看護部門の責任者として全体をラウンドして夜勤に引き継ぐことが主な仕事です。
QIセンターは医療の質改善を担当する部門です。そこでは院内の方針をスタッフみんながいかに進めやすくするかの手順作りの事務局をメインに仕事しています。例えばこういうルールがあるけれどもそれが順守されているか、浸透しているかといったことです。
お仕事の中で難しいなと思われることはどんなことでしょうか?
池亀:ベッドコントロールでは、翌日の入院のお部屋を決めること、当日の緊急入院のお部屋を決めることです。そうそうベッドがあいているわけでもないし、あいていたとしても適切な方を適切なユニットに入れることが可能かどうか考えなければなりません。部署の方と調整しながら、入院させたい診療科と調整しながら決めていくことになります。
QIセンターでは病院全体の方針と手順を作るのですが、ルールとしては「2部署以上が関わる業務については方針と手順を作りましょう」となっているので、いろいろな職種の人との調整をすることや、検査部門や事務、医師等多職種の人が同じルールで運用できるようにすることが難しいですね。
手順が順守されていないときに最も大きな障害になることはどんなことですか?
池亀:医療安全が脅かされる、いわゆるインシデントが起こったり、業務がうまく進まなくて遅延してしまうことでしょうか。
手順順守されているかされていないかという評価はどのようにされているのでしょうか?
池亀:「できていない」という見方ですね。よくおきるかどうかは厳密にモニタリングしないとわからないので評価が難しいんです。例えば「お薬をダブルチェックしましょう」というルールがあるとします。もちろん誤薬がなければ、それは「誤薬がない」というアウトカムとして順守できているのかもしれないけれど、本当にダブルチェックという方法でやっているかどうかをどうやってモニタリングするか、すごく難しい。現場でやっているかどうかを見極めるのが難しいですね。
サンプルをいくつかとるようなやり方ですか?
池亀:内容・方針・手順によって方法は異なります。術前の記録がされているかどうかであれば記載をチェックしますし、転倒転落であればきちんとアセスメントできているかどうか記録をチェックします。実際に予防策がとられているかどうかは、一定期間サンプリングをして確認しています。
”日本基準”から”国際基準”への進化
一般のナースは池亀さんの存在をどうやって知ることになるのでしょうか?
池亀:方針・手順の仕事は看護の仕事というよりは、病院全体の仕事になるので、あまり表に出ていないんですね。私は出てきた方針・手順を審査にかけなければならないので、その手前の部分で表記が合っているか、内容が適切であるかチェックをしています。ガイドラインのことなどで医療知識はかなり必要ですが、けっこう事務的で裏方的な仕事ですね。
池亀さんがやる前はどなたが担当されていたのですか?
池亀:なかったんです。誰かやらなければならないということで、看護管理室と兼務でやることになりました。以前看護手順作りに携わっていたこともあって、それを病院全体の手順作りに発展させていくことになりました。
ないものを作り上げていくことをされている立場にあるんですね。
池亀:JCI(ジョイント・コミッション・インターナショナル:国際ガイド機能評価)による評価を受けていて、そこで業務のプロセスチェックを受けるために新設されたという経緯があります。どういう方針でやっているのか、どういう手順でやっているのかをサーベイの時に聞かれるので、看護手順も本当はきちんと見直しをしてそれができているのかをモニタリングする必要がありますね。例えばインシデント等のトラブルがあった時に「手順はどうなっているのか?」「手順通りにやっていたのか?」「手順が適切なのか?」「もともと無理がある手順なのか?」ということも含めてチェックしています。
JCIと国際化
JCIの審査ははどのように行われるのですか?
池亀:3年に1度、4〜5人のサーベイヤーが1週間に渡るチェックをします。その時はけっこう大変ですね。バージョンが改訂されるのでそれに沿ったものにしていく必要がありますし、更新すればするほど厳しくなります。
他の病院でJCIを採用しているところはあるのでしょうか?
池亀:国内で20病院くらいあると聞いています。JCIもアジア圏で日本にマーケットをある程度増やしたい考えがあるようです。オリンピックがあることと、日本の国際化という背景があります。審査項目が1200個位あるのでけっこう大変ですね。
サーベイヤーには外国の人も入っているのですか?
池亀:全員外国人です。サーベイヤーになるにもトレーニングを受けないといけないのですが、まだ日本人サーベイヤーはいないのですべて外国人が行います。通訳をつけることがルールになっていて、サーベイヤーとは必ず通訳を通して話さなければなりません。日本人全員が英語を理解できないのだから必ず通訳を通すということですね。逆に英語ができるからといって英語でやりとりをすることはできません。
JCIの審査を受けることは、海外の人たちがたくさん来るといったことも影響しているのでしょうか?
池亀:海外の人が「この病院は行って安全だ」とどのように判断しているか?何をもって評価するか、ということを考える必要があると思うんです。日本で日本の基準でしか評価されていなければ海外の人が受診する際に安全かどうかわからないですよね。きちんと国際基準をとったことがわかればわかりやすい。そのことを基準にして来院されたという方もいらっしゃいますよ。
国際基準を満たすという部分に関して、海外向けの何かに変更しなければならないこともありますか?
池亀:ありますね。また、そんなに細かくやらなければならないのかと思うこともあります。日本の基準とは全然違ってより厳しい部分がありますから。「日本のものが信頼できない」というよりは、「日本のものが知られていないからだと思います。日本語でしか書かれていないので見ることもできないですし。
JCIルールを院内に根付かせる
スタッフの方たちの反応はいかがですか?
池亀:国際基準をとるために守らなければならないルールが多くなって、その点はスタッフも大変な部分があると思います。いろんな手順を整えたり、手順通りにやらなくちゃならないと、今までなんとなくやっていたことをきちんとルールにのっとってやらなくちゃならない。例えばお食事を出す時も患者さんの名前と生年月日を確認してから出す必要があります。
生年月日も確認するんですね。一般的には名前の確認だけという病院が多いと思うのですが。
池亀:「2つの識別方法で確認する」というのが病院のルールになっているのです。IPSG(International Patient Safety Goal)という国際水準だと「2つの識別方法で」というルールがあるので①「フルネーム」と②「生年月日」に決めました。ルールの決め方は病院ごとでいいのですが、決めた以上はルール通りにやっているかをサーベイヤーは見ます。与薬、食事など、必ずフルネームと生年月日を確認します。初めは患者さんも戸惑っていましたが、今は聞かないナースを「ちゃんとやっていない」と見るようになってきました。
患者さんの意識も変わるということなんですね。
池亀:あまり患者さん自身に聞いたことがないのでわかりませんが、こうやってやっていけば患者さんも普通だと思ってくれるようになると思います。その都度聞かれて怒る人はまれにいらっしゃいますが、それは非常にレアなケースですね。
また、当たり前ですけど看護師も病棟を整理整頓してきれいにしなければいけません。「病院がきれいであるかどうか」が審査の前提になっているんですね。もし汚ければ「感染のことは大丈夫なのか」ということにつながるので、きれいであることは大前提で進んでいきます。お掃除の業者さんにも質問されるんですよ。感染の人がいたらどのような注意をしてどう掃除するか、もしここに吐いたものがあったらどうするか、患者さんが急変したら何秒くらいでAEDを持ってこられるのか、では実際に何秒かかるか測っているのか、またそれを普段からトレーニングしているのか。BLSのトレーニングを受けているのかなど。
それをランダムに声をかけていくわけですか?
池亀:項目が決まっているので、「この項目についてこの病棟に行って聞きます」という場合と、何かをきっかけに聞いていく場合があります。あとはチャートレビューというものがあって記録から身体抑制されている患者さん、手術を受ける患者さん、鎮静を受けている患者さん等ピックアップしてもらってその人のレビューから記録が方針・手順にのっとって書かれているかを1年前分からチェックしていきます。ですので方針・手順が浸透するまでが大変です。
立ち上がりから実施までだいたいどのくらいかかりましたか?
池亀:私たちは1年ちょっとで始めましたがちょっと大変でしたね。他の病院はもっと準備に時間をかけていると思います。始めたらその後は3年毎の更新になります。項目が変更してより厳しくなっていく。
初めにとったのはいつのことでしたか?
池亀:2012年が初回です。不十分な点は「ここを改善しました」というレポートを提出してもう1度チェックを受けます。その後都内に新しいクリニックをオープンした際、新規施設のため、その施設対象に受審しています。その際、前回の指摘部分、不十分な点も改善されているか、確認されました。
2015年の更新はいかがでしたか?
池亀:はい。講評を受けた時にみんなもっと喜べばいいのにポカンとして。疲れきっちゃって喜べなかったのかも。やりきった感があったんですかね。1年目の時に毎朝心くじけるくらい厳しく言われてしまったんです。私は全般的に文書関係でしたが、あそこもここも言われてけっこう大変でしたね。現場にやってもらえないと意味がないので、現場への浸透が大変ですね。
2年後はまた更新の年になるわけですね。
池亀:そうですね。1月に新しい版がリリースされたので、それに沿ってそろそろとりかる時期です。合格しても「ここを直しなさい」という指摘事項があるのでそれが直っているかどうか、確認することから始まります。何で必要なのと思うこともありますが、よりどころがあるといいのかなと最近思います。
インタビュー後記
看護管理室とQIセンターの2部署でのお仕事についてお伺いさせて頂きました。2部署で、しかも同時に活躍されているとお伺いして非常に驚きましたが、お話をお伺いするについて大変エネルギーのある方ということが分かり、なるほどと納得しました。
さて、病院機能評価は国際化に向けて国際基準の時代になって来ているようです。JCIへ移行までの流れやそのご苦労、ルールを院内へ根付かせる工夫についても大変貴重で興味深いお話でした。どれも医療の質向上に直結するお話で私自身興奮しながらお話を聞かせて頂きました。
池亀さん大変貴重なお話ありがとうございました。
後編では、池亀さんが「どのような思いでお仕事をされているのか」や「プライベートについて」のお話をお伺いしていきます。