今回は関野病院の金子 直由看護部長にインタビューさせて頂きました。
看護部長として部を率いる金子看護部長の手腕に迫ります。
社会に貢献したいと思い、看護の道へ
看護師の道をどうして選ばれたのかを教えてください。
金子:私は医療職に就きたいと考えまして、実際に働いて臨床の現場を見てみたいと思いました。
私が医療を目指そうとしていた時代は、男性看護師が現場で働いていることは知りませんでした。
初めは看護補助者として働き始め、透析室に配属になったことで男性の職員が多く活躍している職場だと知りました。
週に三回ほど透析を受けに来られる患者さんと先輩のコミュニケーションを拝見し、看護補助者として未熟だった私が患者さんから色々教わる中で、医療の現場は本当に奥が深いと感じました。
看護職で患者さんの役に立つことができ、社会に貢献ができたらいいのかなあと思い、そこの室長をしていた先輩の男性看護師からも「まずは看護師を取りなさい」と勧められ、看護師の道を選びました。
苦楽を共にした仲間との思い出
学生時代は如何でしたか。
金子:その当時は、男性が入学できる看護学校がそれほどなかったと思います。
その中で医師会立の学校がありまして、勤労学生として、昼間は働いて午後から学校に行き准看護師の資格を取得しました。
その後は正看護師の資格を取得するために、昼間は働き、夜は学校に通いました。
夜間学校に行った後、そのまま深夜勤務に就くこともありました。
そのようにして5年間学校へ通い免許を取得したので、非常に忙しい学生生活でした。
学生生活の中で印象に残っていることはございますか。
金子:准看護師の学校と正看護師の学校の違いもあると思います。
准看護師の学校ですと、まだ看護観というものが出来ていない中で、「看護師さんと言われたい」という人達が集まり、色々な職場で働きながら、資格を取りたいという方たちがいました。
ですが、正看護師の学校に進みますと、一年二年と働いているうちに、自分の看護観を持ちながら働いている人や、どんなキャリアを積んでいこうかと考えながら通われている方もいました。
その中で印象に残っているのが、専門分野で働きたいという方や、子育てをしながら学生をしている方でした。
いろいろな看護観を持った方と、学びながら仕事をする辛さを共有した経験があったから、今も頑張れるような気がします。
遊びを通して病気を理解
看護学校の実習で印象に残っていることはありますでしょうか。
金子:学生時に実習でネフローゼの患児を受け持たせて頂きました。
小学五年生くらいだったと思いますが、病院内の学校にも通われていましたが、病識を中々持てないでいました。
ですので、病気のことや、「こういう症状が出たらこういうことに注意をしよう」ということを覚えて貰いたいと思い、レクリエーションの中に取り入れることにしました。
最終的にはすごろくのような物になりましたが、入院中の遊びには飽きてしまっていた患児と一緒になって作り上げることができました。
この体験はケーススタディとしてまとめて、県内の学生の発表の中で発表をさせて頂く機会も得られました。
とてもいい経験をされたのですね。
金子:とてもいい経験が出来ましたし、彼に教わることもありました。
学生の中ではそれが一番嬉しかったことです。
目標とする男性看護師の存在
学生の頃はどのような職場で働かれていたのでしょうか。
金子:准看護師の学校に通学している時には透析室に勤務をし、その後は外来と手術室を経験しました。
准看護師の資格を取得した後は、手術室の配属になり、そこの病院では28年勤務させて頂きました。
配属が変わることに対して心配はありませんでしたか。
金子:そういった心配はありませんでした。
透析治療は長期にわたるものですが、もともと夜間の救急外来の様な急性期にも興味を持っていました。
手術室では解剖生理から治療まで見ることができますので、手術室への異動は自分で希望しました。
そしてその手術室で、今でも目標としている男性看護師に出会えました。
その先輩のどのようなところを目標にしたいと思ったのでしょうか。
金子:私が見ていても、皆さんがとても自信を持って働いていたのが印象に残っています。
勿論病棟でも医療の話は出来ると思いますが、手術室で介助をしながら医師と治療の話をし、さらにその治療に携わっている姿は格好良いなあと思いました。
その先輩の姿を見て、こういう看護師さんになりたいと思いました。
先輩方との関係は如何でしたでしょうか。
金子:先輩方は優しいだけでなく厳しい部分もありましたが、それで仕事や人間関係が嫌になることはありませんでした。
指導は自分のために言っていただけていること
注意を受けてもバネにして、前向きに仕事をするための何かアドバイスがありますか。
金子:気の持ちようだと思いますけど、自分はどちらかというとポジティブシンキングな方です。
注意をマイナスには考えずに、自分のために言ってもらえているのだなと思っています。
患者さんからも教えていただくこともありますし、先輩や医者からも怒られているのではなく、教えていただいているという感覚ですので、そのように捉えると落ち込まないのではないでしょうか。
何も言ってくれない方の方が、逆に私は寂しく感じます。
自分のマイナスなところを言ってくれる人は、自分自身の財産だと思います。
厳しく言われると気持ちが落ち込むこともありますが、そこは、言って貰えている、ありがとう、というふうに思えてくると気持ちも違うかなと思います。
発言する言葉の大切さ
部長になるまでにはどの様なキャリアを積まれたのでしょうか。
金子: 3年間手術室にいた後に副主任となり、その後は室長として病棟を管理させていただきました。
救急外来の当直では副主任と師長、泌尿器科と内科の混合病棟は師長を経験しました。
それから院内の医療安全管理室を5年ほどやらせていただいてから、副部長職をさせていただきました。
その中で特に楽しかったことはございますか。
金子:全部が楽しかったです。
知らないことも多いですし、スタッフや先生、患者さんなど様々な方がいらっしゃいました。
その中での関わりや、医療安全管理者として院外に出たときに、関わりを持っていただける方がいたことが大変ありがたいことでした。
ある人から「ありがとう」と「感謝します」は魔法の言葉だと教わりました。
「自分から、”ありがとう”という言葉を発すると、”ありがとう”が付いて回る」「感謝します、という言葉を言うと、そういう感謝の内容が付いて回る、騙されたと思ってやってみなさい」と言われ、現在もこれを心がけています。
誰でも最初に「ありがとう」から話していただくと、受け入れることもできると思いますし、話してみないとわからないのではないでしょうか。
そこでダメなケースもあるかもしれませんが、その時は「良い経験をいただいてありがとうございます」と言えると良いのかなと思います。
人との関わりの中で教わることができ、尊敬できる人がいるということはとても有り難いことだと感じます。
スタッフとのコミュニケ―ションを取るように
スタッフとはどのように関わりを持たれていらっしゃるのでしょうか。
金子: 責任のある役割をいただくと、自分が発した言葉に責任を持つ必要が出てきます。
何かを言うのは簡単ですが、言ったからには実行しなくてはなりません。
ですから発言する言葉には気をつけています。
また、職員とコミュニケーションを積極的にとるようにも心がけています。
当院は112床と小規模ですので、管理日誌を自分で取りにも行きますし、その時に職員と話をすることで管理者側が改善すべき点を知ることもできます。
なんでも声をかけてもらえるような雰囲気は作りたいと思っています。
元気な看護部を作る取り組み
こちらの病院にいらっしゃったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
金子:以前の病院を退職した後、在宅や福祉関係の施設で勉強をしていた頃に関野病院の事務長、院長と出会いました。
その時に看護部長職のお話を頂いたことがきっかけです。
今年で入職して三年目になります。
今、看護部長として取り組まれていらっしゃることはございますか。
金子: 私が入ってからの5年で土台を固めたいと思い、その取り組みをしています。
今年は3年目でして、まず1年目は何をしたら看護部やスタッフが元気になるのかを考えるためにスタッフがどのような意見を持っているのか情報を集めました。
2年目では、そのまとめた情報から具体的に取り組む課題を抽出し、優先順位をつけて取り入れていきました。
今年はその具体的な計画の維持、継続をしていく予定です。
残りの2年では、スタッフ一人一人が思いを言葉にして周囲を変えていくことを目指しています。
皆が同じ言葉を使って同じ話が出来たら、それが元気の源になると思います。
看護部の理念にある、「いま必要な看護、ケアを考え、チームで関わります」ということを心がけて実践していることはありますか。
金子:ケアや看護について語って頂きたいと考えています。
当院は看護師以外にもケアワーカーと呼んでいる看護補助者がいて、その中の介護福祉士を中心として、患者さんを食事、入浴、排泄の面でサポートして頂いています。
病棟に配置されている看護師とケアワーカーがチームになり動いていますので、看護師の視点だけでなくケアワーカーの視点も重要になってくるのです。
実際、毎朝の申し送りには必ずケアワーカーも参加して問題を共有、ケアプランの立案や評価もして貰っています。
それを実現可能にするために掲げた理念が、「いま必要な看護、ケアを考え、チームで関わります」なのです。
後編に続く
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No. 80 金子直由様 (関野病院) 後編:患者さんを中心に退院後も見据えたケアを考える