No.6 シリーズ心肺蘇生実践編〜登山や駅伝大会中に人命救助できますか?1/2

インタビュー

第6回目のインタビューは鈴木崇史(たかし)さん・咲子(さきこ)さんご夫婦です。都内病院で看護師として勤務しながら、趣味で登山やスノーボードを楽しむアウトドアご夫婦。お2人は登山中と駅伝大会に参加中に、たまたま緊急事態に遭遇し、初期対応をされた経験をお持ちです。

以前シンカナースでは「シリーズ心肺蘇生」のコラムを掲載しました。今回のインタビューでは、その実践編として、日常に発生した緊急事態に対してどのように対応したのかを伺い、そこにある課題は何かを考えたいと思います。

<前編>ではお2人が登山中に滑落者を救助された経験を伺っています。

これまで掲載したコラムはコチラから。

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シリーズ心肺蘇生〜あなたは、AEDを使えるか!?〜

個人の趣味から夫婦の趣味へ

看護師としてのこれまでどのような経験をされてきたのですか 

咲子:鹿児島の看護学校を卒業後、福岡にある病院に就職しました。消化器内科病棟、重症心身障害児病棟で勤務し、「いろんなことを経験したい!」と異動希望を出して7年目に上京。循環器病棟に1年、救命救急センターに6年、そしてまた循環器病棟に戻って今に至ります。去年10月出産して今は育休中です。

崇史:私は高校卒業後一旦就職していたのですが、思うところあって東京の看護学校に入学しました。卒業後今の病院に就職し、小児科・整形外科・内分泌科の混合病棟に3年、救命救急センターで3年、また以前と同じ混合病棟に戻って今4年目になります。

登山はどんなきっかけで始めることになったのですか 

咲子:「富士山に登りたい!」と思って始めたのですが、実際登ってみたら景色の変化がなくて思ったより楽しくなかったんです。これまで3回登ったのですが、雨に降られることも多くてご来光も見られなかったですし。他の山なら楽しいかなと思っていろいろ登っているうちにどんどんハマっていきました。

崇史:私は友人に誘われたことがきっかけです。丹沢にある塔ノ岳がデビューで次第にハマっていき、テント泊をするようになり、期間もだんだん長くなって最高5泊6日の登山をするまでになりました。

救命救急センターで一緒に勤務されいたのですね。 

咲子:そうですね。お互いに別々に山登りしていたんですが、ある時彼も登山をしていると知ってから意気投合して一緒に登山するようになりました。山梨県にある日向山(ひなたやま)に日帰りで行ったのが2人で最初の登山です。

夏山で滑落者を救助

滑落した登山者を救助されたのはいつだったのでしょうか? 

咲子:2012年9月、2泊3日の行程で3人で北アルプスを登山していて、2日目の夕方、上高地の近くにある岳沢(だけさわ)という場所でテントを張ることになり、テント場を探していた時のことでした。

どこからかゴロゴロという音が聞こえて、落石?と思ったら「助けてください!」と女性の声が聞こえて。どうやらご主人が滑落したようでした。付近を探したところ3メートル下の沢に滑落している男性を発見したんです。テント周辺を整備中だったそうで、テントを張っていたロープに足を引っ掛けたのではないかと思われました。45歳前後の男性で山岳会に入っている人だとわかったので、それなりに登山を経験していると予想できました。

崇史:滑落現場の沢に私が下りて、彼のもとにかけつけました。大きな岩の上に倒れていて後頭部からの出血を認め、最初は呼びかけても反応がなかったのですが、しばらくして意識レベル2桁(刺激を与えると覚醒する)に回復しました。出血箇所を彼の衣服を使って圧迫止血し、そのままそこでレスキューの到着を待つことを決めました。

咲子:私はレスキューを依頼しに近くの山小屋まで走りました。すでに他の人が山小屋に連絡をしていて、山小屋のスタッフが駆けつけて、現場を見てすぐにヘリコプター要請の連絡を入れていました。それを確認してから私も救助に合流しました。

ご自身で救急セットは持っていたのですか? 

咲子:はい。手持ちの応急処置セットにはガーゼ・消毒薬・絆創膏・透明フィルム・消炎鎮痛剤を入れているので、この時に役立てることができました。普段仕事でやっていることの延長、という感覚ですね。反省点としては「使い捨ての手袋を入れておけばよかった」と思いましたね。血液に触れることだけは避けなければと思っていたので、出血箇所には本人の洋服を使って対応しました。

けが人を動かす?or動かさない?あなたならどうしますか?

周りにいた人たちも救助に合流したのですか? 

崇史:他にはほとんどいなかったですね。というのも、救助ヘリコプターが来ることになったので、そうするとテントが飛ばされてしまうため、片付けなければならないんです。みんな自分たちのテントを片付けることに必死だったのだと思います。私たちはまだテントを張る前だったので、救助に専念できました。

けが人を動かさずにそこで待つという判断をしたのは何が根拠になったのでしょうか?

崇史:そうですね、いろいろな状況からの判断になります。

1.3メートル滑落している 

2.足場が悪い 

3.人手が少ない 

4.バックボードがない 

これらのことを理由に彼を動かさないことを決めました。

救命救急での経験がここ役立ったわけですね。 

咲子:そうですね。バックボードの必要性は救命救急センターでの経験がなかったらわからなかったと思います。でも実際現場で救助にあたっても、病院とは違って医療器具は何もありませんから、やれることは非常に少ないわけです。この状況下でどうすればいいのか・何ができるのか、とも思いましたね。

日常の医療とは別次元だった標高3000メートルからの搬送

救助はどのように行われたのですか? 

崇史:しばらくして救助ヘリコプターがきて、状況確認のために隊員1人が現場に下りてきました。意識レベル・受傷部位の確・既往症に加えて、奥さんから聞いていた本人の情報も伝えました。

救助の様子を見ていたのですが、抱っこひものような道具を使ってただ引き上げるだけで「これで大丈夫なのだろうか」と見ていて心配になりました。人ではなく「モノを運んでいる」というように見えましたね。滑落の衝撃で後頭部から出血していましたし、最初は呼びかけに反応しなかったわけですから、頭部・頚椎保護した状態で搬送することが必要と思っていたのですが、装備や山岳という状況考えると、一般医療常識を優先する訳にもいかない難しさを感じました。

咲子:あと、現場が3000メートル近い高地である事と、ヘリコプターのエンジン出力の関係で、機体は大きくても少人数しか乗れないそうなんです。そのため奥さんが同乗できない可能性があって激しく動揺してしまっていたので、私はそちらの対応もしました。結局奥さんも乗れたのですが、背負ってきた荷物はそのまま置いていくしかなくて。後日山岳会の方が取りに行ったと聞いています。

どのヘリコプターが来るかによってその人の今後の人生が左右されるとも言えますね。 

崇史:そうですね。山岳での救急搬送は通常の救急と大きく異なり、警察や消防、医療、自治体それぞれの連携が必要になるのだと思いました。しかし、そこを整備するには時間がかかるでしょうね。

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