前編に続き、堤先生が院長になられるまでの経緯、院長になられた後にも貫かれている人事評価や
組織運営の考え方、そして看護師へのメッセージを語っていただきました。
多様性を重視した組織運営
中:現場のスタッフとともに病院を育ててきたような歴史があったのですね。
その後、院長に就任されるまではどのようなことがございましたか。
堤:私は、病院長を目指していたわけではありません。
むしろ反対です。
病院長を選ぶときに候補者が2~3人いたらしいのですが、
私は病院長になるつもりはありませんでしたので、わざと面接に遅刻して行きました。
しかも理事長からの「当院の現状と課題、将来構想を述べよ」との問いに
「理事長、なに言ってるんですか。私に、救急医療のこと以外、分かるわけがないでしょう」と答えました。
さらに大学が行っている職員の人事考課にも異を唱えました。
それは、私自身に過去のトラウマがあるからです。
実は、当院の前に勤務していた公立病院でも人事考課が行われていたのですが、
当時の私の評価は「E」(早く辞めて欲しい人)というものでした。
ボーナスも減額されていました。
当時、私はそこの病院長と“戦って”おりましたので、嫌われていたのでしょう。
この話をしますと長くなりますので、ここまでにしますが、このようなことがあったため、
人事考課というものを評価していなかったのです。
面接の時には「個人を評価する前に、集団の評価が先ではないでしょうか」、
「組織には多様性が大切で、エースと4番ばかりでは野球は勝てません。バントや守りがうまい選手も必要と思いますが、、、」など、自分の思っていることをそのまま述べました。
すると、何と理事長は「うん、そうだなあ、あの人事考課は意味ないよな」と言われました。
ところが、1週間後には院長に指名されました。
中:それもまたすごいお話ですね。
堤:ただ、病院長になった途端に、人事の最終評価をしなくてはいけなくなりました。
しかしそれでも「人事考課により給与や昇進に差をつけない」という条件をつけ、さらに、
人事考課票を一応は見たというハンコを押すだけにし、自分の信念を貫いています。
人の評価というのは、見る角度によって大きく変わります。
また、上司の“好き嫌い”で評価が決まる危険性もあります。
逆に、部下の評価をするなら部下による上司の評価も必要になるのではないでしょうか。
私は、人事考課は、あくまで本人の成長を促すために行うものであって、
給与や昇進に反映すべきものではないと考えています。
本当に、人の評価というのは、難しいものですね。
遊び心をアクセントに
中:先生のそのような情熱がスタッフに共鳴し、組織が強くまとまっていくのでしょうか。
堤:また少し話が飛びますが、『ジェネラルルージュの凱旋』という映画をご存知ですか。
中:はい、映画ですね。観ました。
堤:あの映画を撮るにあたって、中村義洋さんという監督から
「実際の救命救急センターを見学させてほしい」という話が当院にありました。
「忙しい最中に映画の協力はどうかな」と思いスタッフに相談すると、
みんな「やりましょう」と即、話がまとまりました。
映画を通して救急医療の実情が一般の方に広く伝えることができるというのが、その理由です。
当日、中村監督が、堺雅人さんと山本太郎さんを連れて、病院に挨拶に来られました。
私は堺雅人さんという俳優を知りませんでしたので、カンファレンス室の椅子に座らせ、
「いいか、君は私と同じ救命救急センター長役をするんだ」と言って、
スライドを用いて救急医療の現状について4時間近くにわたって講義をしました。
堺雅人さんは、後日「挨拶に行っただけなのに、5時間以上もつかまって、、、」と
何かに書かれてしまいました(笑)。
撮影現場にも皆で指導に行きました。
堺さんからは「技術指導は頼みましたが、演技指導は頼んでいません」と言われたようです(笑)。
ちなみに映画の最初の場面にアップで出てくる医者は俳優ではなく、当院のドクターです。
中:スタッフの吸引力を高めるには、仕事だけでなく遊び心も大切ですね。
堤:看護師の提案によるものもたくさんあります。
メディカルラリーといいまして、仮想の災害や救急の現場を想定し、看護師や医師、薬剤師、事務員など
多職種でチームとなって、どれだけ臨機な対応をできるか競うイベントです。
どんな格好で参加しても良いことになっていますので、コスプレの変装をしてくるスタッフもいます。
こういうイベントをすると院内に横の連携が育つという無視できないメリットがあります。
一方で、実際の災害現場にDMAT(災害派遣医療チーム)として出かけていくことも少なくありません。
そして、これまで国内のみならず、海外の災害現場にも出かけています。
自律的に動く組織
中:先ほど重要だとおっしゃった組織の多様性、ダイバシティにも関係しそうですね。
堤:そうです。
職場単位でなく組織横断的なチームが大切です。
一例として、興味深い事例を紹介します。
4年前の冬の金曜日に大雪が降った時のことです。
災害対策会議を開き組織として対策の指示を出すべきかどうか悩んだのですが、事務長と相談の上
「現場がどう動くか一度見てみよう」という話になり、
なんの指示も出さず現場の自主的な判断に任せることにしました。
すると翌朝は土曜日で、かつ交通機関が麻痺していたにもかかわらずほとんどの職員が出勤し、
10時にはきれいに雪かきを終了させていました。
雪の中を駅から2時間半歩いて出勤してきた看護師さんも複数いました。
また、自主的に病院に泊まった職員も少なくなかったようです。
現場が指示待ちでなくて、自分たちで考えて行動できたことは、胸を張って良いことだと思います。
スタッフには後で表彰しました。
中:素晴らしいお話ですね。
堤:恐らく当院は私がいなくなった後も自律的に動いていける組織だと思います。
もともと、「自分を病院長と思っていない病院長と、病院長を病院長と思っていない職員」
という感じの病院ですから(笑)。
また、病院長が職員に「もっと稼げ」と言い続けたとしたら、人はついてきません。
ですから私はそのような言葉を言ったことは一度もなく、
代わりに「健全な財政基盤なくして健全な医療なし」と言っています。
さらに、診療報酬の改定に合わせて診療体制を変えるのも、実は好きではありません。
当院の医師には、
「自分が正しいと思う医療を、正しい時期に、正しい方法で行う。これだけを考えて欲しい」
と言っています。
例えば今は、急性期治療が済むとできるだけ早く退院させ、
他の医療機関に逆紹介することを誘導する施策がとられていますが、
医師の立場ではやはり自分が手術した患者さんのフォローは自分でしたいものです。
中:患者さんもそれを望んでいらっしゃるのではないかと思います。
先生のそのような診療姿勢に対し、患者さんから何か声が寄せられることはございませんか。
堤:最近の急性期病院の医療スタッフは、退院された患者さんやご家族から
御礼の手紙をいただく機会があまりないそうですが、当院は今でもしばしばいただきます。
先日も亡くなられたお子さんのご両親から「大変お世話になりました」と礼状が届きました。
亡くなられた方のご家族からの手紙は、元気に退院された方からいただくよりも心に響きます。
論文が医学雑誌に掲載された時よりも、そういうお手紙をいただいた時の方が
「明日からまた頑張ろう」という気になります。
ビジョン・パッション・アクション
中:非常に興味深く、多くの示唆に富むお話をお聞かせいただきました。
最後に看護師に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
堤:看護師の皆さん、それから学生の皆さん、本当に良い看護師さんになってください。
成功するための秘訣は、ビジョン・パッション・アクションです。
アクションは「行動」で、そのアクションだけを求めても人は成長しません。
行動を起こすためには、ビジョン「夢」がないといけません。
夢があってパッション「情熱」が湧けば、自然にそれが行動につながります。
ですから、一番大事なことは、夢を持ってほしいということです。
別に大きな夢である必要はありません。
自分が本当に信じられる夢で良いのです。
自分はこんな看護師になりたい、こんなことをしたいと、そういう夢を持つこと。
そうすれは自然に情熱が出てきて行動につながるはずです。
私どもの病院は、救命救急センター、周産期センターのほかドクターヘリも含めて、
すべての診療科が揃っている、1,053床の大きな総合病院です。
どの分野においても、みなさんの夢を叶えられるものを持っていると思います。
ぜひ当院に来て、「夢」を見つけ、「夢」を追いかけてください。
インタビュー後記
堤先生は、どの部署に訪問されても、スタッフの方々と気さくに笑顔で対応をされていらっしゃいました。
職員全体の方々と日頃からコミュニケーションを取られていらっしゃるということが伝わってまいります。
それは、先生が大切にされていらっしゃる信頼関係による自律した組織作りに大切なこと。
雪の日のエピソードはまさに、組織作りの大切さを感じられるものだったと感じます。
夢を持って看護を実践することを忘れてはいけないですね。