前編に続き、医療における多様性と柔軟性の意味、
それを許容し涵養するための病院独自の取り組みなどをお伺いしました。
国際化への対応
中:海外の動向をご紹介いただいた流れでお尋ねします。
2020年の五輪を控え、在留外国人が今後も増え続けると予測されています。
先ほど、多様性の許容というお話もございましたが、このような医療の国際化に関して、何かお考えはございますか。
小澤:二つあると思います。
まず、外国人であれ日本人であれ人間であるということ。
この点は非常に重要です。
皮膚の色や言語、あるいは宗教が違っても、からだの基本的な仕組みは同じです。
ですから我々はすべての患者さんを一人の人間として受け入れ、
その上でスペシャリストとして対峙する心構えを持つ。
これが一番大事だと思います。
次は言語の面です。
これは英語が話せればそれで済むという問題ではありません。
当院のある横浜鶴見地域にも、移民として出国し帰国された方のご家族などが多くお住まいで、
多国籍の言語が交わされています。
我々がそれらの言語をすべてマスターすることはとても不可能で、
患者さんのご友人や専門の通訳を介して診療を進めることあります。
またAIによる自動翻訳機の活用も視野に入れるべきかもしれません。
中:そうしますと、今後、必要な技術や機械を活用しながらも、
柔軟な対応を続けていくことが医療職に求められるということでしょうか。
小澤:おっしゃる通りだと思います。
柔軟性がなく頑なであることは、信念を貫くという意味では良いのかもしれませんが、
人間と人間が向き合う医療において、柔軟性と多様性を決して欠くことはできません。
中:看護の現場からも、外国人患者さんが入院されると
宗教による食事への配慮などの対応に苦慮するという声が聞こえてきます。
病院給食を一律に「全部摂取してください」と言ってしまったり、
ご家族が食べ慣れたその国の食事を持ち込むと「それはいけません」と杓子定規に対応してしまうことも
あるようです。
今後は多様性、柔軟性をもって患者さんを受け入れていくという
今の先生のお話がすごく重要だろうと感じました。
小澤:日本のみならず世界中で多様性に柔軟に対応できない方が増えてきたように感じます。
自分が柔軟でなければ、相手も柔軟にはなれません。
その壁を乗り越えられれば、人種や宗教、あるいは経済的・社会的な生活背景などの違いに関わらず
心が通じ合え、より自分を高めることができます。
医療は困った相手を受け入れなければ始まりません。
広島、長崎、沖縄へ
中:医療者-患者間の関係だけでなく、院長というお立場では
スタッフ間の関係にも気を配ることが多いのではないかと思います。
スタッフのコミュニケーションを良くするための活動は何かされていますか。
小澤:コミュニレーションアドバイザーを招いた院内講習会を年2回ほど行っています。
院内では野球・フットサル・バスケットボールなどの部活動も盛んです。
このほか当院は設立の背景がやや特殊で、地域の方々に出資していただいて運営されていることもあり、
患者さんやご家族にも喜ばれるイベントを企画しています。
例えば5月は地域住民や自治会と一緒に「健康祭り」を開催しますし、
毎月地域住民の方の御要望のテーマに沿った健康教室も開催しています。
院内行事としては、クリスマスでは、医師がサンタ、放射線科の技師がトナカイになり、
医師や看護師が音楽を奏でたり、年始にはスタッフが落語を披露したり大喜利をしたり、
或いは専門の方にお願いしてアニマルセラピーを行ったり、
病院の外が恋しい方にも満足していただけるよう職員一同奮闘しています。
少し変わったところでは、夏になると当院のスタッフと地域住民の方々とが
一緒に広島や長崎、沖縄に訪れ「戦争という悲惨なことを二度と繰り返さない」との気持ちを新たにし、
命の大切さを学んできていただくことも行っています。
「それが医療とどう関係あるのか?」と思われるかもしれませんが、
きちんと医療を提供した上で、医療以外もしっかり勉強しようという理念に基づいて行っているのです。
貧困が病気を生むことも明らかになってきた今、世界の中では経済的に恵まれているはずの日本の社会が
どうして病んでいると言われるのか、その理由を考える機会を持たなければ、
病める人がどうして病んでいるのかもわからないと思います。
中:貴院で勤務するということは、視野を広く持ち、人として多くの学びも吸収することになりますね。
小澤:看護師の方で、ご自身の専門分野が決まっていて、その技術と知識だけを高めていけば良いと
お考えなのであれば、それが可能な病院に行かれたほうが良いかもしれません。
当院には、患者さんに寄り添い、患者さんと一緒に病気を治したいという
看護師を目指したときの初心を貫き、世の中をもっと良くすれば
患者さんがもっと健康になるかもしれない、病気になる人が減るかもしれない、という
広い視野・高い視点に立ち、温かみのある研修を受けたいという看護師が集まっています。
病床稼働率98%超
中:素晴らしいお話をありがとうございます。
ここで少し話題を変えまして、院長というお立場で今後の病院運営を
どのようにお考えになっていらっしゃるのか、お聞かせください。
小澤:当院は、横浜市の二次救急拠点病院であり、かつ神奈川県の災害協力病院ですので、
救急にも力を入れながら、行政や地域の病院・診療所・介護福祉施設とともに、
今後30年以内に起こると言われている震災への対策も進めています。
さらには増加する高齢者への対応も求められます。
現在、在院日数を極限まで短縮しているにも関わらず病床稼働率が年間平均98%を超え、
ほとんど空床を作れません。
かかりつけの患者さんの救急応需ができずにいる現状を改善すべく、
更に50〜60床程度の増床を計画しています。
地域の方々によって作られた病院である以上、
地域から求められることには応えなければならない責務を負っていますので。
中:先生ご自身への質問ですが、ご趣味は何かございますか。
小澤:ピアノを弾いたりアーチェリーや乗馬をしたりすることでしょうか。
アーチェリーは、矢を放つ瞬間に向けて精神を集中する作業が、
仕事や生活にも役立っているのではないかと思います。
乗馬も言葉が通じない人と馬が「人馬一体」となり障害物を飛跳することは、
患者さんとのコミュニケーションに生かせるのではないか思います。
例えば脳卒中の後遺症で会話が難しい患者さん、会話ができても理解が難しい患者さん、
認知症の患者さん、などとも意思疎通を図る際などです。
中:言葉によらないコミュニケーションもあるということですね。
最後に、看護師に向けてメッセージをお願いします。
小澤:いま一生懸命勉強している方も、
あるいは一度別の社会に出られて再び専門性を突き詰めようという方もいらっしゃると思います。
単に専門的な技術や知識を身に付けたいということであれば、
専門に特化した病院を選ぶのも宜しいでしょう。
ただ、当院としては温かみのある医療をできる看護師さん、
患者さんやご家族と接しながら体の病や心の病を看ることができる看護師さん、
マザー・テレサが「世界には貧しい国が二つある。一つは物質的に貧しいインド、
もう一つは世界で孤独に苦しんでいる人がいるのに無関心でいられる日本」との話にあるように、
世の中で起こっている変化が健康格差を生んでいるのではないかといった
幅広い視点や幅広い気持ちで接することができる看護師さんに
是非とも来ていただきたいと期待しています。
看護師さんがチームリーダーとなり、医療スタッフ全体の情報を共有できるようにする、
そういうスタンスで臨んでいただければと思います。
多様性を重んじる方、柔軟な思考力を持っている方は、本当にウェルカムです。
シンカナース編集長インタビュー後記
小澤先生にお話いただいた中に「多様性」への対応がありました。
多様性を受け入れるためには
「医療に関する技術や知識を習得していくことは勿論のこと、医療以外の経験や知識を積極的に取り入れることが必要」
という内容はとても印象的でした。
自分の進む道は自ら決めたとしても、真の医療人になるためには、やりたい事をするのではなく、求められることをする。
看護は自分のしたいことをするのではない。
ということを看護師は今一度、自らに問なおし、看護におけるニーズを考えていく必要があると感じます。
また、豊富な体験や経験が自らを豊かにし、新たなる発想や、看護力の向上にも繋がるのだと先生のお話を伺い確信いたしました。
無駄なことなど何もありませんね。