No.161 病院長 菊池守様(下北沢病院)後編:足から健康を支えていく

インタビュー

前編に続き、菊池先生に下北沢病院の理念や人生100年時代における足からサポートする健康についてお話しいただきました。

足から健康を支えていく

中:日本で初めてという領域の新病院を作っていくリーダーとなりますと、

チームをまとめ上げるにしても、

楽しい部分とご努力が必要な部分とがあるかと思いますが、いかがでしょうか。

菊池:一番難しいことは、この病院が何をやろうとしているかを、

院内のスタッフ全員に理解してもらうことです。

いま申しましたように、足の専門病院というものがそもそも存在しないので、

よく「院長は何をしたいのか?」と聞かれるのです。

その答を自分自身も考え、全員に伝えなければいけません。

その答の一つとして、スタッフ全員の名刺に当院の理念である

「足から健康を支えていく」を入れています。

これがどういうことかと申しますと、例えば糖尿病や重症下肢虚血の患者さんの足は、

次々に失われていっています。

世界中で20秒に1本のスピードで糖尿病による下肢切断が行われています。

「その切断を1本でも減らそう」ということです。

これはわかりやすいミッションのはずです。

中:理念のない病院というのは恐らくないと思うのですが、貴院では理念がより具体的で、

一歩進んだ明確なミッションとして共有されているのですね。

スタッフのお名刺にビジョンとして

「足病学の確立と啓発。足の診療を通じたトータルヘルス」と書かれていますが、

この言葉にすべてが集約されているように思いました。

菊池:アメリカにはポダイアトリーという学術領域が確立されていて、

歯科医が口腔疾患を診るのと同じように、足病変を専門に診る専門医がいます。

これが日本にはありません。

日本でも今後、足にトラブルを抱える方は必ず増えていくはずです。

その患者さんたちが、どこの病院のどの科に行ったら良いかのか、

現時点では全く明確にされていません。

当院は、その窓口であり、かつ、

診療メソッドやシステムを構築していくことを目指しています。

教科書のない世界

中:経営者として新しい領域へ挑戦され、

難しい部分とともに喜びを感じになることもおありではないですか。

菊池:難しい部分は当然ですが教科書がないことです。

経営的な話をしますと、フットケアや下肢救済という分野は、

残念ながら採算を取りにくい分野です。

足が悪い患者さんは歩けないですから、どうしても入院期間が長くなり、

今の診療報酬体系では不利であることは事実です。

しかし、その中でどうやって採算をとっていくのかということは、

大いにチャレンジングなところです。

当院だけではなく、周囲の透析施設やリハビリ病院、

あるいは在宅診療などと連携していかなければ解決できません。

そこで、例えば院外向けに毎月“足の番人セミナー”という講習会を開いていますが、

訪問看護師さんや透析看護師さんが来てくださり、毎回満員です。

その場で知り合ったスタッフと連携して、患者さんを紹介いただいたりしています。

中:今後、この分野をより充実させていくために、

どのような活動を計画されていますか。

菊池:日本フットケア学会の会員を見ますと、看護師さんが非常に多いのです。

それある意味、それだけ足病で悩んでいる患者さんがたくさんいて、

その一番近くに看護師さんがいらっしゃるからだと思います。

しかし、ドクターがまだまだ少ないのが現状です。

実際「何科が診るんだ?」という疑問がまず存在します。

形成外科医で慢性創傷を専門に診る医師は、実はそれほど多くありません。

整形外科医も全身の骨・関節・運動器疾患がある中で、

下肢を専門とする医師は少数です。

血管外科医も多くは心臓血管外科医です。

なぜかと言えば、やはりコスト的に見合わないことが一番大きな問題です。

だからこそ我々には当院の経営を成立させるという役割もあるのです。

こういうかたかちで足の診療をすれば成り立つのだというモデルケースを示さないと

いけない立場にあると思っています。

中:そうしますと、研修医が貴院で実習できるようにするなど、

長期的な計画を立てられているのでしょうか。

菊池:研修医だけではなく、理学療法士も義肢装具士も看護師も含めて、

あらゆる職種の方が当院で何かを得て、持ち帰ってくださるようなかたちになれば

いいと思います。

フットケアは患者さんの心に近づく良いツール

中:先ほど、看護師が患者さんの一番近くにいるというお話がありましたが、

看護師も知識だけではなく、コミュニケーション力を高めていかなければいけない

時代だと思います。

この点はなかなか勉強では習得できない部分かもしれませんが、

何かアドバイスをいただけませんか。

菊池:糖尿病や透析の患者さんは長く自分の病気と付き合っていらっしゃり、

ご自身で勉強されている方が多いのです。

すると入院された時にまず自分の知識やルールに則って

看護師さんを試すことがあります。

そこで上手な看護師さんは、うまくいなしながら距離を詰めていくのですね。

その際にフットケアが良いコミュニケーションツールになることがあります。

詳しく申しますと、誰も自分の靴下を脱いで人に足を見せたりしたくないものですね。

患者さんもやはりそうです。

そのハードルを乗り越えて患者さんの足を触り、爪を切り胼胝を削って保湿をし、

綺麗にする。

その行為は必ず患者さんに響くはずです。

患者さんの心を開く上で、実はフットケアの役割は小さなものでありません。

患者さんのハートに近づく良いツールです。

言葉は大袈裟ですが、フットケアは“究極の看護”と言って良いかもしれません。

「フットフレイル」を防ぎ、治療する

中:看護師へ、大変貴重なアドバイスをいただいたと思います。

最後に、患者さんや一般の方へのアドバイスをお願いします。

「人生100年時代」と言われ始めている中、

足病変診療に対するニーズは高まっていくと思いますが、

一般生活者は足病変をどのように捉えていけばよいのでしょうか。

菊池:まず、そもそも足が老化していくということが、

一般の方にほとんど理解されていません。

当院を受診される方にも

「去年までこんなことはなかった。だから何か悪いことがあるはずだ。それを治してほしい」

と訴える方がいて

「いえ、それはあなたの足の老化が進んでいるからです」

と言いたくなることがあります。

いま、高齢化とともにフレイルが注目されていますが、

そのフレイルと足は非常に深い関係があります。

仮に巻き爪が痛ければ歩きたくなくなり、

それだけで部屋にこもってしまい周りの方と交流が減り、

それが社会的フレイルや認知症につながる可能性があります。

日本歯科医師会ではいま、咀嚼機能が低下した状態を

フレイル・認知症のリスク状態として「オーラルフレイル」と名付け、

啓発活動をしています。

私は「フットフレイル」という言葉もあって良いのではないかと思っています。

足の問題が起こってくれば、そこから歩くことが嫌になって体力が落ちていきます。

それが50歳から始まるのか、60歳からか、70歳からか。

100年の人生の中で、残り数十年、

痛い足を引きずって歩かなければならなければとしたら、これは当然辛いですし、

もちろん医療費という面でも社会的な負担になります。

歯科領域で8020(はちまるにまる)運動が成果を上げているように、

足領域でも同じような取り組みが必要ではないでしょうか。

日本において、足の健康を守るという文化が生まれ育っていくことを期待しています。

看護師へのメッセージ

中:それでは最後に、看護師へのメッセージをお願いいたします。

菊池:当院は日本で初めての、足と糖尿病の総合病院として

足に悩む患者さんを一人でも救うべく毎日診療しています。

今、フットケアや下肢救済の分野に興味のある看護師さんが増えてきていますが、

ぜひ当院で、思う存分そのスキルを発揮され、

患者さんのために一緒に働いていただけたらと思います。

インタビュー後記

笑顔で周りの空気まで明るく照らされる菊池先生。

日本では他に存在しない「足の専門病院」を牽引するリーダーは、未踏の地を果敢に開拓されていらっしゃいました。

明るく情熱的に挑戦されているパワーを、お話しを伺いながら感じとることが出来たのは、私としても大変幸せでした。

ビジネスで言えば、ニッチの領域であり、成功すればブルーオーシャンとなりますが、反面前例の無い厳しさも伴います。

それが故に、スタッフを牽引されるリーダーには、自身が信じる力と、自身を信じてもらう力が必要なのだと痛感いたしました。

どこに就職しようか?と悩んだ時に、大切な基準にして欲しい「誰とどのようなミッションを共有するか」

菊池先生のお話には、明確なミッションやビジョン、看護師に対して求められていることが伺えたと感じます。

「足の健康を守るという文化」は下北沢から生まれ始めています。

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Interview Team