No. 61 田中愛美様(水戸医療センター)前編「もう一つ上に上がるために選んだフライトナース」

No. 61 田中愛美様(水戸医療センター)前編「もう一つ上に上がるために選んだフライトナース」

  • 2017年9月15日
  • インタビュー
No. 61 田中愛美様(水戸医療センター)前編「もう一つ上に上がるために選んだフライトナース」
No. 61 田中愛美様(水戸医療センター)前編「もう一つ上に上がるために選んだフライトナース」

今回はフライトナースとして活躍されている、水戸医療センターの田中愛美看護師にインタビューさせて頂きました。

 

「頑張って欲しい」の言葉を胸に歩み始めた看護師人生

 

看護師になろうと思われたきっかけを教えていただけますか。

 

田中:私の母も看護師でした。

看護師という職業を小さいころから見て憧れていました。

違う職業と迷う時期もありましたが、高校生の時に1日体験学習へ参加し、白衣を着る経験もして、看護師になりたいと思いました。

 

学校はご実家から通える場所を選ばれたのでしょうか。

 

田中:東京にも出たいと思いましたが、地元茨城の学校に進みました。

 

看護学生の頃の印象に残るエピソードはございますか。

 

田中:私は今、救急にいますが、学生の時に癌のターミナル期にある方を受け持ちました。

実習中はお元気でしたが、実習後すぐに亡くなられました。

その方のご家族様から「頑張ってほしい」というお言葉を頂きました。

それを聞いて「ちゃんと頑張らないと」と思ったことを今でも覚えています。

 

看護学校に行かれてからは迷う事や辛かった事などはございましたか。

 

田中: 他の学校に行った同級生は「今頃遊んでいるのかな」と考えることはありましたが、迷ったり辞めたいと思ったりしたことはありませんでした。

 

 

実際に就職される時にはどのように病院を選ばれたのでしょうか。

 

田中:国立病院機構の学校に通っていましたので、そのまま国立病院に就職しました。

 

就職された後はすぐに救命救急センターに配属されたのでしょうか。

 

田中:就職して3年間は一般病棟に勤務していました。

4年目に救命救急センターへ配置換えとなりました。

そこから10年以上救命救急センターで勤務しております。

 

もう一つ上に上がるために選んだフライトナース

 

 

フライトナースになるのはご自分で決められたのでしょうか。

 

田中:はい、救命救急センターに配属されて9年目にチャンスが巡ってきました。

就職してから、それまでにICUや救急外来も経験し、DMATの勉強にも行きました。

そうやって色々な経験をさせて頂いて、教育する側に回り、次の目標をどこに設定したらいいかと考えていた時に茨城県がドクターヘリを導入するため志願者を募集しているという話を耳にしました。

これは、今まで私が積んできた経験が役に立つのかを試せて、もう一つ上に上がるチャンスだと思い自ら希望しました。

 

他にも志願された方はいらっしゃったのでしょうか。

 

田中:採用予定は7名でした。

 

フライトナースとして採用されるにあたって訓練や試験はあるのでしょうか。

 

田中:本当に立ち上げの時期でしたから、土台となるものは何もありませんでした。

教育システムも何も出来上がっていませんでしたので、院長や看護部長、看護師長等とルールを作ることから始めました。

以前からドクターヘリを導入している病院に1週間研修に行かせて頂いて、そこのノウハウも学びました。

医師も含めて皆がドクターヘリは初めてでしたので、患者さんの管理や情報のまとめ方、勤務時間の組み方といったシステム的なものから、今後の教育方法に関してまで幅広く勉強しました。

研修が終わってからは各自持ち帰ってきたものを組み合わせて、ドクターヘリ導入のための土台を作っていきました。

 

 

研修に行かれて、実際にドクターヘリを導入するまではどのくらいの期間があったのでしょうか。

 

田中:私たちが研修に行ったのは11月で茨城県に本格的にドクターヘリが導入されたのは翌年4月でした。

運航が始まったのが7月1日でしたから、あまり時間はありませんでした。

更に悪いことに、茨城県は医療過疎地域と言われておりまして、医師の数は全国の都道府県のうち下から2番目、看護師の数も下から6番目という状況だったのです。

ですから、一つの病院ではとてもドクターヘリの導入はできませんでした。

水戸済生会と共同で行う必要があったのです。

 

その中で大変だったことはありますか。

 

田中:経営母体が異なる病院、ヘリの運行会社、県を含めて話し合いを進めて行く必要があり苦労しました。

ドクターヘリを2つの病院が共同で導入したことも、ヘリが2つの基地を持った前例もなかったので、全て自分たちで考えなければなりませんでした。

たとえば、点滴一本出すにしても1つの病院だけで導入するならば、自分たちで自由に考えられますが、共同ですので妥協点を見つける必要があったのです。

色々ありましたが、後になって他県で複数基地を持つドクターヘリを導入する際にはアドバイスもできますので、無駄ではなかったと思います。

 

 

初めて出動された日のことは覚えていらっしゃいますか。

 

田中:覚えています。

絶対忘れません。

その時は、交通事故による多発性外傷の患者さんでした。

車だと1時間以上かかる場所ですが、ヘリですから15分少々で到着することができました。

患者さんの意識がなくなる前に病院へ搬送して治療の引き継ぎをすることができました。

ドクターヘリの速さ、有効性をその1回目で感じることができました。

 

病院での看護とドクターヘリでの看護に違いはありますか。

 

田中:救急医療は、基本的に医者も看護師も複数名で当たります。

ドクターヘリは基地病院にもよりますが、医師2名と看護師1人で対応しなければならず、看護師の場合は相談する相手がいません。

そうした違いもありますが、病棟とドクターヘリで一番違うのは患者さんとの関わりの長さだと思います。

ヘリでの看護はとても短いです。

ヘリで現場に駆けつけて、救急車の中に乗った患者さんの処置をして、ヘリコプターに載せるまで10分から15分ほどしかありません。

 

看護の違いで戸惑われたご経験はありますか。

 

田中:ドクターヘリを導入して3年ほどした頃に、ヘリに看護師が乗る意味は何なのか医師に聞かれたことがあります。

ドクターヘリは、所謂プレホスピタルに該当しますので、「その中の看護とは何か」と悩んだことはありました。

まだぼやけているかも知れませんが、「救急隊や医師、家族と患者さんの間の橋渡しをする代弁者になる」というのが看護の役割になるのではないかと思います。

 

 

後編へ続く

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嶋田 香織
A-LINE株式会社
シンカナース編集部及び営業本部長