ニチレイグループの株式会社ニチレイバイオサイエンスは、
がんの診断薬やインフルエンザの診断キットの製造販売など、
バイオテクノロジーを通じて、暮らしと健康を支える企業です。
今回は、同社の執行役員である寺嶋一樹様に、
2019年6月から本格稼働を始めた「グローバルイノベーションセンター」の開設背景や、
その先に見据える、医療関連企業としてのあり方についてお話しいただきました。
核となる4つの事業分野
荒木:本日は、株式会社ニチレイバイオサイエンスの執行役員である寺嶋一樹様にお話を伺います。
よろしくお願いいたします。
最初に、貴社の事業内容について、ご説明をいただけますでしょうか。
寺嶋:当社の事業は大きく4つの分野に分かれます。
まずは、分子診断薬事業。
これは、主にがんの診断や治療方針の決定に使用される診断薬を製造・販売する事業で、
最近では特に、個々のがん患者さんに特定の治療薬が効くかどうかを調べるための、
コンパニオン診断薬の開発・製造に力を入れています。
次に、バイオ医薬品原料事業。
この事業は、製薬会社がバイオ医薬品の生産を行う際や、
大学・企業などが研究を行う際に使用する、
培地や血清などを輸入販売する事業です。
3つ目は、迅速診断薬事業。
この事業では主に、感冒症状を伴うような患者さんについて、
インフルエンザや溶連菌、アデノウイルスなど、
原因となる疾患を特定するための診断キットを製造・販売しています。
そして最後に、機能性素材事業。
こちらは、化粧品やサプリメントなどに使用される、
プラセンタエキスやアセロラエキスあるいはバウダーといった原料を、
製造・販売する事業になります。
荒木:ありがとうございます。
私たちにとっては、ニチレイグループというと冷凍食品のイメージが強いのですが、
そもそもニチレイグループがバイオ事業に参入したきっかけは何だったのでしょうか。
培ったノウハウを生かし、バイオ事業へ参入
寺嶋:その前にまずニチレイとはどういう会社かについて
お話ししたほうが良いかもしれませんね。
ニチレイの前身は、戦時中に日本の水産業を管理するために1942年に発足した帝国水産統制株式会社という国策会社なのですが、
同社では主に、水産食料品の販売や、それに伴う製氷事業、冷蔵・冷凍倉庫を利用した低温物流事業を行っていました。
それが戦後、日本冷蔵株式会社という民間企業になり、社名変更(株式会社ニチレイ)などを経ながら、
冷凍食品事業や低温物流事業を軸に、今日まで成長してきました。
しかし、その間、全てが順風満帆だったわけではなく、1980年代には経営危機に直面したのです。
当時の経営陣は、会社を立て直すため、
今後の方向性について社員から広く意見を募りました。
その時に出てきたのが、バイオ事業への参入だったのです。
荒木:バイオ事業を始めるための素地が何かあったのですか。
寺嶋:そうですね。
大学や研究機関がバイオ分野の研究を行う際に、細胞を培養するのですが、培養には牛の胎児血清が使われています。
当時のニチレイは、食品事業を行う上で、たくさんの牛肉を海外から輸入していたので、
その副産物を活用して、牛の胎児血清を輸入販売することができたのです。
また、研究者が正確かつ継続的な研究を行うためには、安定的に胎児血清を供給する必要がありますが、
それまでに培ってきた冷凍技術や物流のノウハウが強みとして生きたのだと思います。
荒木:なるほど。
その後、先ほど教えていただいた4領域に事業を拡大し、成長を続けているということですね。
そして、2019年3月には新拠点として「グローバルイノベーションセンター」を開設し、
6月から本格稼働が始まったとお聞きしていますが、同センターの開設背景はどのようなものでしょうか。
次代を見据えた新拠点の開設
寺嶋:当社の事業領域である、健康・診断・バイオ分野は、
世界的な人口増加や、我が国の高齢化などを背景に、拡大を続けていますし、
今後は、個別化医療やiPS細胞などの再生医療、遺伝子検査などにも、今まで以上に対応していく必要があります。
また、当社はインフルエンザの診断キットやコンパニオン診断薬において、
一定のシェアを持っていますので、社会的責務として安定供給を続けていかなければなりません。
これまでの開発センターは、手狭となりまた建物も古くなる中使用していましたが、
今後を見据えたとき、新たな拠点が必要だという結論に達し、
埼玉県の狭山市に、「グローバルイノベーションセンター」を開設しました。
荒木:拠点としてのコンセプトを教えてください。
新拠点を貫くコンセプト
寺嶋:同センターは、4つのコンセプトに基づいて設計されています。
1つ目は、「コア技術の進化とイノベーションの創出」です。
今後、成長を続けていくためには、現在ある技術を高めるとともに、さらなる技術革新を実現しなければなりません。
そのため、新施設ではイノベーションを誘発するような環境づくりに力を入れています。
まず、日常的にたくさんの人や情報と出会えるように、
オフィスは、部署ごとに部屋や席を設けるのではなく、多くの部署がフリーアドレスで働ける大部屋にしました。
部屋には、1人で集中するための個人ブースや、気軽に打ち合わせを行うためのオープンスペースがありますし、
入り口近くにはリラックスするためのカフェスペースも設置されているので、
個々のスタッフがメリハリをつけて仕事ができる環境になっています。
また、専門誌なども図書室ではなく、オフィス内の棚に設置されているので、
日常的に最新情報に接することができるようにもなりました。
荒木:オフィススタイル変更の効果は出ていますか。
寺嶋:フリーアドレス化については、社内でも賛否両論ありましたが、
実際やってみると、コミュニケーションが活性化しましたし、情報共有も早くなりました。
新しいプロジェクトを始める場合や、問題が起こった場合にも、
スムーズに関連するメンバーが集まるようにもなり、その効果には驚いています。
荒木:社外とのコミュニケーションについてはいかがでしょうか。
寺嶋:当社では、仕事を進める過程で、海外をはじめとした遠方の先生方や会社と、
定期的に打ち合わせを行う必要があります。
そうした方々と円滑なコミュニケーションを行うために、
ウェブ会議室を2室設け、活用しています。
荒木:ありがとうございます。
次に、2つ目のコンセプトについてお話しいただけますか。
寺嶋:2つ目は、「高品質化と低コスト化の実現」です。
国が医療費の抑制を進める今の時代に、市場競争を勝ち抜いていくためには、
生産性・効率性を高め、質の良い製品をできるだけ安く、安定して供給していく必要があります。
当社は、製造・品質管理・物流に加え、研究開発部門も同一施設内に設置していますので、
研究開発からスケールアップ、そして実際の製造から物流までをワンストップで行えるという特徴があります。
新施設では、それらの工程をより効率化するために、
全体のバランスを考慮しながら、導線の見直しやムダの排除について徹底的に議論し、
生産性の向上を実現しました。
荒木:なるほど。
その他の2つのコンセプトはどういったものですか。
寺嶋:「安全性と快適性に配慮した環境」と「地球にやさしく環境との調和を重視」することですね。
前者としては、免震構造や非常用電源・備蓄品室等を設けることで、災害対応力を強化しています。
また、更衣室等の快適性の向上や
施設内のバリアフリー化によって、これまで以上に、多様な方が安全で働きやすい環境を整えました。
後者は、ニチレイグループ全体としての取り組みでもあるのですが、
施設の消費エネルギーを抑えるために、外付けのブラインドを導入しましたし、
屋上には太陽光パネルを設置しています。
後編へ続く