No.228 長野県製薬株式会社 浦沢昌徳 社長 前編:医療における伝統薬の役割

インタビュー

 

全国各地に存在する伝統薬。

長野県製薬株式会社もそのような伝統薬の製造販売業の一社です。

社長の浦沢昌徳様に、製品を紹介いただくともに、その存在意義をお尋ねしました。

 

長野県の伝統医薬品

 

中:今回は長野県製薬株式会社、浦沢昌徳社長にお話を伺います。

社長、どうぞよろしくお願いします。

 

浦沢:よろしくお願いします。

 

 

中:本日は貴社の製品や業容についてお聞かせいただくとともに、

現在、そしてこれからの医療における一般用医薬品の役割などについて、社長のお考えをお尋ねいたします。

また社長は町議会議員でもいらしたと伺っていますので、その辺りもお聞かせいただく予定です。

ではまず、貴社で取り扱われている製品をご紹介ください。

 

 

浦沢:御岳百草丸という薬を扱っております。OTC(Over the Counter)、

いわゆる一般用医薬品のうちの伝統薬というカテゴリーに入ります。

当社の近くに御嶽山という山があります。

数年前に突然噴火して多くの方がお亡くなりになられたことをご記憶かと思います。

その御嶽山は古くから山岳信仰が盛んで、修行に来ていた修験者から伝えられたとされる胃腸薬です。

 

 

中:製品としては一種類ですか。

 

浦沢:剤形が顆粒剤、エキス剤、丸剤などいくつかのタイプがありますが、

いずれもオウバクという生薬に関係するものです。

 

ルーツは御嶽山の修験者

 

中:由来や開発の経緯などを少し詳しくお聞かせいただけますか。

 

浦沢:御岳百草丸のルーツである『百草』は、

御嶽山に入って修行する修験者が携行していたのが始まりと伝えられています。

江戸時代の天明年間に修験者が登山道を開く時、村人たちにお世話になったお礼として、

作り方を伝授したそうです。

ですから医家向け医薬品のように臨床試験による有効性のエビデンス評価を経ているわけではありません。

 

 

中:こちらの地方では古くから使われている薬ということですね。

 

浦沢:長野県内では昔から広くお使いいただいています。

私も子どもの頃、よく飲まされました。

今もよく服用します。

 

病院から在宅へ変化する医療。その中でのOTC医薬品

 

中:医薬品は医家向けの処方薬とOTCに大別され、貴社製品は後者に属します。

これからの日本の医療において、両者はどのように住み分けていくべきとお考えですか。

 

浦沢:直接的なお答えになるかどうかわかりませんが、今、

医療は「病院から在宅へ」という流れがあると聞いております。

訪問診療や訪問看護などもかなり広く行われるようになりつつあると感じます。

 

 

そうしますと、在宅で医療を進める上で、患者さんや一般住民の普段の生活の中にあるOTC、

あるいは機能性食品、サプリメントといった存在を無視できなくなる場面が増えるのではないでしょうか。

医師や看護師の方にも、セルフメディケーションとしてのOTCの役割、

人々の日常を支えるものとしてのOTCの役割に関心をお持ちいただきながら、

総合的に患者さんのQOLを高めるためのご判断をいただくことになると思います。

 

伝統薬のエビデンスとは

 

中:確かに今は健康な人でも、いつどこで急に薬が必要になるかもしれず、OTCは欠かせない存在ですね。

医療従事者も普段からOTCの成分等に関心を高めておくべきかもしれません。

先ほど社長ご自身もおっしゃったように、エビデンスの不足についてはどのようにお考えですか。

 

 

浦沢:私どもが扱う伝統薬について「根拠は何か」と問われた場合、

それはやはり長年蓄積されてきた「利用者の声」です。

その声の中でも非常に多いのが

「お腹の調子が悪くていろいろ試してもなかなか良くならず、ようやくこの薬に出会って改善した」

という内容です。

 

 

もちろん報告バイアスがかかっていますし、当然ながら全ての人に同じ効果があるとは言えません。

また、このような声をどんなに多数集めても科学的エビデンスにはなりません。

しかし実際に我々の製品をお役立ていただいている方が数多くいらっしゃることも確かです。

その声を広くお伝えしていくことが、いまの我々の役割の一つだろうと考えていますし、

医療費削減にもつながると考えています。

 

 

中:大変ストレートにお答えいただき感謝いたします。

医療機関で行われている医療の全てにエビデンスがあるわけではないですし、

また完全な治癒を望めず長期にわたり付き合っていく慢性疾患の比重が増えた現状において、

患者さんがたとえ「お守り替わり」であったとしても、普段から拠り所としているものがあるのであれば、

医療職者はそれを無視すべきではないと感じました。

 

新薬メーカー勤務を経て地元企業に

 

中:ここで少し社長ご自身のご経歴をお聞かせください。

ご出身はやはりこちらのほうですか。

 

浦沢:はい。

地元、木曽町の出身です。

東京にある薬科大学を卒業し、ある新薬メーカーに就職しました。

その2年後に長野県西部地震という大地震が発生し、それを機会にこちらへ帰り当社に就職しました。

 

 

中:どのような経験を経られて社長に就かれたのでしょう。

 

浦沢:まず試験室という部門に配属され、製品や原料の品質管理、試験検査を担当していました。

数年たって営業部に異動となり約15年ほど勤めました。

その後工場に戻り製造管理者を数年経験し、平成17年の法改正で医薬品製造販売業という枠組みが設けられ、

約10年間総括製造販売責任者を務め、その後から経営に携わり始めました。

 

後編に続く

Interview with Carlos & Araki