今回は汐田総合病院の小澤先生に、地域住民の支えで設立・運営されている病院の特徴や、
進化する医療の中で求められる看護師の姿などを語っていただきました。
無料・低額診療
中:今回は汐田総合病院、病院長の小澤仁先生にお話を伺います。
先生、どうぞよろしくお願いいたします。
小澤:よろしくお願いします。
中:まず、貴院の特徴を教えてください。
小澤:当院の最大の特徴は、無料低額診療事業を行っていることです。
いま日本がこれだけ恵まれていても、病院にかかりたくてもかかれない方が、まだいらっしゃいます。
無料定額診療事業とは、経済的な理由で受診を先延ばしして疾病を重症化させてしまうことを
防ぐため、医療費の一部を病院や診療所が肩代わりする制度です。
1953年の診療所開設当時より、無差別・平等の医療を目標に活動を続け、
1965年から無料低額診療事業を行う福祉病院としての道を脈々と絶え間なく続けてきたことは、我々が誇りに思っていることです。
病院を支えて下さる地域住民の方々や自治会からの希望に沿うよう、
様々な診療科を具備する総合病院となった以後も、病床数の拡大や病棟機能の変更も行ってきました。
また、当初から脳卒中診療に力を入れてきており、
非常に多くの脳神経外科医、神経内科医、リハビリテーションスタッフを擁していることも特徴です。
中:続いて先生が医師になられようと思われた動機をお聞かせください。
小澤: 父が医療関連の国際学会に参加するためのツアーコンダクターをしていまして、
幼少の頃より間接的ではありましたが、「ミスは許されない」厳しい職業であるものの
優しさと謙虚な姿勢を保たれている医師の人となりを聴く機会に恵まれました。
医師という職業は、「人を慈しむ」という意味を持つ「仁」という名前に恥じず、
「自分の一生を捧げるに相応しい、誇りがもてる仕事だな」と確信しました。
もう一つはやや“不純な動機”かもしれませんが、勉強が好きだったことでしょうか。
脳神経外科手術の低侵襲化
中:ご専門として脳神経外科を選ばれたのは、どのような理由からでしょうか。
小澤:一つは全身の司令塔である脳を外科的に治療するスタンスが最もアカデミックな印象に思えたこと、
もう一つは当時も今も脳は未解明の部分が非常に多く、
それゆえに一生をかける価値がある診療科と確信したこと、が理由です。
中:先生が臨床医になられてから現在まで、
脳神経外科領域がどのような進化をたどられたのか教えていただけますか。
小澤:私が脳神経外科医になったのは四半世紀ほど前です。
当時、顕微鏡を使った侵襲的な開頭手術が確立された時期で連日連夜
開頭手術をしておりましたが、一方で低侵襲治療にも興味があり、
慢性硬膜下血腫の治療に骨髄穿刺針を用いて一定量を吸引するという手法を試み、その成果を初の論文としてまとめました。
その後も脳神経外科手術では低侵襲化は続き、脳動脈瘤に対するコイル塞栓術などが普及してきました。
今で言う血管内治療です。
私は海外の論文を読みながら血管内治療の低侵襲性と将来性に魅了され、積極的に実診療を行いはじめました。
当時は「脳血管疾患をカテーテルで治すなんて気は確かなのか?」と揶揄されましたが、
今やそれが主流になっています。
中:先駆的な取り組みをされてきたのですね。
小澤:「治療は患者さんにやさしくあるべき」という確固たる信念がありました。
ただし血管内治療が万能なわけではありません。
血管内治療中にトラブルが発生する可能性は0ではありませんし、
血管内治療で挑んだものの継続困難となり次のアクション、
即ち開頭手術を行わなければならないことも念頭に置かなければなりません。
ちょうど私ぐらいの世代までは、開頭手術も血管内治療も経験を積んでいる脳神経外科医が
少なくないと思うのですが、これからの世代は、充分に開頭手術を経験することなく血管内治療を
行わざるを得ないため、若干心配があります。
低侵襲という言葉が独り歩きして、かえってアウトカムが悪化することが懸念されます。
多様性の許容
中:これからの若い医師は、基本的な手技を身につけた上で新しい技術をとり入れていく必要があるということですね。
では、看護師はいかがでしょうか。
そのような医療の進化の中で、これからの看護師は
どのようなことを意識していく必要があるのか、お考えをお聞かせください。
小澤:若いうちは誰も「早く一人前になりたい」と思うものですが、
技術は競争するものではありませんので、自分のスピードで上達することが極めて大切であると思います。
私が若い頃、上司がよく我々に「技術は必ず後から付いてくるから焦る必要はない」と言っていました。
確かに周囲を見渡すと、指先が器用でない医師でも、
一つ一つの手技の成功と失敗とをしっかり振り返ることで、時間はかかっていましたが、
必ず人並みのテクニックが身についていました。
かえって自分の技術を過信する医師は手術が上手になることはなく、手を下ろす、即ち手術の現場から離れるよう指導した医師もいました。
ですから、決して周りとの比較に捉われないことが大切で、他人との競争は医療にそぐわないと確信しています。
最近よく「多様性」という言葉が使われます。
すべての分野において強調されていると思いますが、
特に医療の分野においては多様性を重んじる心構えが必須です。
近年、患者さん個々の病態や生活背景を考慮したオーダーメイド医療の必要性が指摘されています。
たとえ同じ一人の高血圧の患者さんであっても年齢のみならず季節変動に合わせて対応することは
当然のことですが、高血圧の患者さんが100人いれば100通りの対応の仕方がある
という視点に立った医療です。
健康な方も健康でない方も対象にしているのですし、年齢も性別も、生まれも育ちも、
社会的背景も経済的環境も、人種や国籍も、一人として同じ人はいませんので、
「人ひとりの命は地球より重く、人の命は皆平等である」という視点に立ち、
「多様性」を受け入れる心のゆとり無くして医療人とは言えないと思います。
そして「多様性」を受け入れるためには、
さまざまな医療に関する技術や知識を習得していくことは勿論のこと、
医療以外の経験や知識を積極的に取り入れることが必要です。
その結果、患者さんが求める医療人になれるのだと思います。
中:ありがとうございます。
看護師に向けても非常に心強いメッセージになったと思います。
小澤:最近、医師と同様に看護師も専門看護師・認定看護師など
専門性を志向する傾向が強いようですが、医師でも看護師でも、
如何に最初の2年間で、多様性を踏まえた命の尊さや命の平等を目の当たりにしつつ
基礎固めができたかで生涯の力量が決まってしまうと痛感しています。
その後3年間も基礎を拡げて固めることを引き続きたゆまず行い、
自分の成長に合った段階で更に専門性を身に付けたほうが良いと考えます。
どのような職種でも基本が大事だと思います。
看護師がチームリーダー
中:医師や看護師を目指す上で、もちろん受けるべき教育内容や就学年限が大きく異なるのですが、
先生からみて、どういう人が医師あるいは看護師として望ましいとお考えでしょうか。
小澤:難しいご質問ですね。
国によっても異なるかもしれません。
例えばアメリカなどでは、患者さんやご家族に接する時間も多職種と接する時間も最も長い看護師が
チームのリーダーとして位置付けられることが多いようです。
医師はそのチームの中で自分の医師としての専門性を発揮する、というように役割分担をしています。
私はそのやり方を学んでも良いのではないかと感じています。
もちろん最終責任は医師が負いますが、看護師が陣頭指揮をとってさまざまな情報の共有化を図り、
医師は疾患の診断と治療に専念するというスタイルです。
後編に続く