No.114 木澤 晃代様(日本大学病院)前編:「看護師になると思っていなかったけど・・」

No.114 木澤 晃代様(日本大学病院)前編:「看護師になると思っていなかったけど・・」

  • 2018年4月17日
  • インタビュー
No.114 木澤 晃代様(日本大学病院)前編:「看護師になると思っていなかったけど・・」
No.114 木澤 晃代様(日本大学病院)前編:「看護師になると思っていなかったけど・・」

今回は日本大学病院の看護部長、木澤晃代様にインタビューさせて頂きました。

急性・重症患者看護専門看護師、救急看護認定看護師でもいらっしゃる木澤様の手腕に迫ります。

社会人から看護の道へ

 

看護師を目指されたきっかけを教えていただけますか。

木澤:最初は、小さい頃に読んだ漫画の影響で、看護師になりたいと思いました。

また、従妹の姉が通っていた看護学校に一日体験で学校見学に行き、そこで看護師の仕事内容に触れたこともきっかけです。

 

高校生まで看護師になりたい気持ちは変わらず看護の道へ進路選択されたのですか。

木澤:いいえ。

小さいころから音楽を習っていたので音楽大学への進学を考えていたのですが、将来音楽を仕事としていくのは大変だと思い、目標も無く進路に悩んだまま卒業を迎え、結局知り合いのつてで会社に入り、2年間働くことになりました。会社の人間関係はとてもよかったのですが、看護師になろうと思う大きな出来事があり、看護学校に進学しました。

 

 

学生時代はどのような思い出がありますか。

木澤:看護学校時代は、新しいことを学ぶことが楽しかったのですが、看護を学ぶ過程で「看護はこうあるもの」という型に、ならなければならないような思いに捉われ、実習ではあまり意欲的に取り組めなかったことが多かったように感じます。中途半端に社会人経験があったので、今思えば、自分の中で消化できなかったのだと思います。後に、先生から「君はよく授業中に寝ていたね」と言われたくらい、まったく真面目な学生ではありませんでした。

 

学校卒業後はいかがでしたか。

木澤:卒業後は総合病院に入り、内科病棟に配属されました。

同僚や先輩に恵まれ、仲も良く、飲みに行ったりご飯に行ったり、仕事中もそんなに辛いと思うことはありませんでした。

3年ほどで結婚を機に退職することになりましたが、メリハリがついていて楽しかったという思い出があり、それが私の看護の礎です。最初に入職した職場がとても良かったのでいつか恩返しがしたいと思っています。

復職し進学にもチャレンジ

 

今まで色々な科をご経験されていると思いますが一番興味深い科は、どちらですか。

木澤:最初は救急に興味はなかったのですが、2年の専業主婦を経験した後に、非常勤として配属されたのが救急外来でした。救急外来では、今までには見たこともない重症患者が頻繁に救急車で搬送されてきて、どう対応したらいいかわからず戸惑ったことを覚えています。情報の少ない患者さんを診ること、救命処置をすること、動揺する家族に対応することに対して、これでよかったのだろうか、もっと何かできたのではないかという思いでした。圧倒的な知識と技術の無さを痛感しましたが、焦るだけで、どのように学べばいいのかわかりませんでした。

結局、非常勤から常勤になって17年間救急医療にたずさわりましたが、たくさんの疾患や診断がついてない患者さんを見るという臨床の面白さがありました。まさに、事件は現場で起こっている、ですね。足りないことが見えてきました。

その面白さに気付いてからは、知識と技術を深めたくなり、急性・重症患者看護専門看護師の資格も取りました。

 

お仕事をされる傍ら学校にも通うための強い動機づけはあったのでしょうか。

木澤: 一度退職した後に救急に非常勤で配属されたときの経験だと思います。

当時、中途採用に対する教育プログラムは無く、忙しい中あまり指導を受けられずに勤務していました。

いいわけのようですが、勉強をしなくてはと思いながらも、育児中ということもあり、思うように勉強できない数年間を過ごしました。

それでも現場では亡くなっていく患者さんや重症の患者さん、そのご家族に接します。

その時に感じた無力感、専業主婦の時に感じた社会とのつながりの大切さ、自分は看護がしたいという思いがあり、救急認定看護師の勉強をしようと思いました。実際に認定看護師として活動すると、文献を吟味したり、研究をしたりすることが不足していると感じ、大学院に進学しました。

全日制の大学院(修士課程)に2年間通ったのですが、夜勤入りの前にゼミに行き、夜勤明けでまたゼミに行きと結構ハードでしたが、病院にもサポートして頂いて何とか乗り越えられました。もう一度やれといわれたら、絶対できません。一番の犠牲者は家族だったと思います。

専門領域を持っていることで強みにもなりますし、専門看護師の資格を持った看護部長さんも増えてきていますね。臨床の看護師でいることが長かったので、看護について不足していることが見えてきて、それを追いかけていたら進学ということになりました。

新しいことにチャレンジすればするほど、足りないところがどんどん出てくるので、これじゃ人前でものを言ってかっこつかないし、自分でやるなら有言実行で伝えないと伝わらないなと思って、努力し続けなくてはと感じています。

後編へ続く

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病院概要

​日本大学病院

白岩 憲子
A-LINE株式会社 シンカナース副編集長
聖路加国際大学卒業 看護師 保健師 東京武蔵野病院