No. 101 戸口修子様 (埼玉医科大学国際医療センター) 前編:「朝早く来て患者さんのところに顔をだしています」

No. 101 戸口修子様 (埼玉医科大学国際医療センター) 前編:「朝早く来て患者さんのところに顔をだしています」

  • 2018年3月13日
  • インタビュー
No. 101 戸口修子様 (埼玉医科大学国際医療センター) 前編:「朝早く来て患者さんのところに顔をだしています」
No. 101 戸口修子様 (埼玉医科大学国際医療センター) 前編:「朝早く来て患者さんのところに顔をだしています」

今回は埼玉医科大学国際医療センターで、副院長および看護部長としてご活躍中の戸口修子様にインタビューさせていだきました。

看護部長としてだけでなく、副院長としてもご活躍されている戸口様の手腕に迫ります。

 

きっかけは反面教師として出会った看護師

看護師を目指されたきっかけを教えていただけますか。

 

戸口:私が中学生になりまもなくの頃、父親が入院し手術をしました。

その時にあまり表情がなく、ぶっきらぼうな感じを受ける看護師に出会いました。

そして、「私はあの様な態度はとらない」「こんな看護師ではない看護師になろう」という反面教師として捉えたのがきっかけです。

母親も幼いころ看護師になりたかったということが後から分かり、やはり進むべき道だったと思いました。

 

看護学校に進学されたのは高校を卒業された後でしょうか。

 

戸口:看護学校はこの病院の付属の看護学校です。

山形県の出身で地元の高校を卒業後埼玉県のこの地に来ました。

幼なじみが3人一緒に来たのでとても心強かったです。

 

学生時代はいかがでしたか。

 

戸口:寮生活だったので、一緒のお部屋の人との相性で随分もめた人もいましたが、私はあまりそういうことはありませんでした。

でも、ホームシックにかかった時、一緒に来た同級生にとても助けられました。

「あなたがそうやって泣いてばっかりいて、何を目標にしてきたの」と言われ「あっ、私は何をやっているのか」と気づかされました。

今もその人は本院の方にいて師長をしています。

もう1人は日大板橋病院に行った後、田舎に帰りましたが、今でもやはり交流はあります。

 

学生時代の講義や実習で印象に残っていることはありますか。

 

戸口:外科の師長の講義が楽しかったです。

座ると見えないくらい小柄な師長で、学生が話をしていると教室の窓の外に大きな桜の木があったのですが「そんなに話したいなら、あの桜の木に上って話をしなさい」と注意されるなど、とにかく各講義の合間に言われる一言が面白く、今日は何を言われるのか楽しみでした。

最初に実習に行ったのがその師長がいらっしゃる外科でした。

師長の講義がとても面白いと言うと、よく声をかけてくださるようになり、よく話ができる大先輩のような人ができました。

また、少し先輩に、目標とする在宅介護サービスの施設を立ち上げた方がいます。

常に公平な目を持っていて穏やかな方で、今でもその方とは月一回くらいお会いしてお酒を酌み交わしています。

「いつまでも大学病院にいると気の強さしか残らないから、あなたは優しさが残っているうちに私のところに来なさい」と、冗談めかして言ってくれています。

 

大変だったが嫌になることなく離れなかった看護の仕事

看護学校卒業後はそのまま埼玉医大にお勤めされたのですか。

 

戸口:そうですね、卒業と同時に大学病院に就職させて頂きました。

国際医療センターに異動になりまもなく4年になります。

 

看護師として最初に配属されたのは、血液内科病棟でして、そこで勉強をさせてもらいました。

やはり、最初は夜勤の大変さがありましたが、看護や仕事が嫌いになるということはありませんでした。

 

看護師になられてから看護を離れた時期はありますか。

 

戸口:私はそうした時期が全くありませんでした。

結婚はしましたが、他に例えば大きな病気をすることもなかったので、看護から離れることはなかったです。

今働かれているスタッフの中にも、子育て中の人が居りまして、中には「子と向き合う時間は今しかない」と離れていく人もいます。

でもそれはそれでよく分かりますし、それもその人の一つの人生だと思います。

ですから後悔がないように、しかし「でもまた戻ってきてね」と必ず伝えています。

そして戻ってくる人が、実は結構多くいるのが自慢です。

 

大学病院はどちらかというと、新しい看護師が多いイメージがありますが、こちらはどうですか。

 

戸口:埼玉医科大学系列の病院は3つありますが、当院の看護師の平均年齢が一番低いです。

反対に毛呂山にある病院は一番平均年齢が高くなっています。

 

こちらはまだできて10年と新しいですがいかがですか。

 

戸口:病院長のリーダーシップが、もう「すごい」の一言です。

こちらに異動になる前に勤めていた大学の病院長も勿論素晴らしい方でしたが、病院長のリーダーシップは「目からうろこ」で、3年前に来た時「ここで私やれるのかしら」と思いました。

先日JCI(国際病院評価機構)認定の更新があったのですが、やはり病院長のリーダーシップがなければ皆の意識がそこへ向かえなかったと感じます。

本当に素晴らしいと思いました。

 

 

役職に最初就かれたのはいつでしょうか。その時のお気持ちなどお聞かせください。

 

戸口:師長になったのは10年以上前になります。

主任は師長になる前に経験しましたが、師長の時代が一番長いと思います。

自分は現場で働くために看護師を目指したので管理をするとは思っていませんでしたので、師長の声がかかった時はお断りしました。

しかし、在宅介護サービス施設を興こした先輩から「管理ということにも目を向けてみなさい。管理の楽しさは、やはりスタッフを育てるとこにあるから」とアドバイスを受け、結局お話を受けました。

 

実際に師長になられてみていかがでしたか。

 

戸口:現場で、ひとつのフロアを持つことはすごく楽しかったです。

師長になっても実際に患者さんのお側に行って、体を拭いたり、お食事のお手伝いをしたりしていました。

その分、看護部長になった時は、患者さんの直接的な看護ができないことで寂しさを感じました。

ですから今は朝早く来て、とにかく入院されている患者さんのところにヒョイと行ってしまいます。

看護師のところへも行って、記録の時間に「夕べどうだった」と尋ねることもします。

現場から離れるのはすごく寂しかったです。

 

毎日病棟へ行かれてらっしゃるのですか。

 

戸口:埼玉医科大学国際医療センターは、700床あるかなり大きい病院です。

回るのにも時間がかかりますので、全てを回ることはできませんが、時間を作ってはどこかの病棟に顔を出しています。

 

看護職員の方々は何名程いらっしゃるのですか。

 

戸口:看護師は補助者も含めて930名です。

これだけ多いとお互い誰か分からない時もあります。

前の看護部長は、看護学校の教員をされていた方でしたから、病棟に教え子たちがいっぱい居たようです。

しかし、私は臨床しかしてきておらず、あまり顔を知られていないので、看護学部の先生から「どちらの指導者ですか」と反対に尋ねられることもありました。

そうした関わりも楽しいです。

看護部の理念『信頼に応えられる看護』についてお聞かせください。

 

戸口:私は看護部長になってまだ浅いのですが、知識・技術はやって当たり前の専門職なので、心の面を充実させるために「看護を語る会」を立ち上げました。

そこで、お互いに自分の関わった患者さんの症例を出し合って自分だったらこうする、成功した例、失敗した例などを出し合っていきました。

去年から始めたばかりですが、3カ月に1回というペースで行っています。

看護師全員集まれるわけではないのですが、夕方5:30から、仕事が終わってから入れる人が来てくれています。

実は4年目の看護師達が一番、一通りの看護を経験して色々なことが見えてくる時期にあるので、今は4年目の人たちの症例を出して貰っています。

来年は師長達にも心に残った看護を出してもらおうと思っています。

患者さんの思いをいち早く理解するためにも、相手を思いやる心が大切です。そこから信頼に応えられる看護につながると思言っています。

 

先輩たちの症例や経験はなかなか聞けないので貴重ですね。

 

戸口:そうですね。

垣間見ることはできるけど、こんなことを感じたという心の面で感性というのも大事にしたいと思っています。

感性が育つことによって、患者さんにそれをフィードバックできるのではないかと思います。

この運動を副部長がすごく支援してくれていますので、本当に心強いです。

これからどんどん発展させていけたらいいと思っています。

後編に続く

 

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白岩 憲子
A-LINE株式会社 シンカナース副編集長
聖路加国際大学卒業 看護師 保健師 東京武蔵野病院