No.100 石川佳子様(自衛隊横須賀病院)前編:「ON/OFFの切り替えで、明るい職場に」

No.100 石川佳子様(自衛隊横須賀病院)前編:「ON/OFFの切り替えで、明るい職場に」

  • 2018年3月13日
  • インタビュー
No.100 石川佳子様(自衛隊横須賀病院)前編:「ON/OFFの切り替えで、明るい職場に」
No.100 石川佳子様(自衛隊横須賀病院)前編:「ON/OFFの切り替えで、明るい職場に」

今回は自衛隊横須賀病院の看護課長、認定看護管理者でもいらっしゃる石川佳子様にインタビューをさせて頂きました。

石川様の組織をまとめる手腕、自衛隊横須賀病院の魅力に迫ります。

看護師の温かい手

看護師を目指されたきっかけを伺ってもよろしいでしょうか。

 

石川:高校生の時に手術を受けたことがありまして、手術室に入った時に出会った看護師の影響です。

それまでとても緊張していたのですが、その方に握られた手がすごく温かくて助けられた気がしました。

看護師になることは母にも「人の助けになる職業は素晴らしい」と賛成して貰えたので、この道を選びました。

 

学校はどのような基準で選ばれたのですか。

 

石川:私は出身が四国でしたので、東京に対する憧れがあったのですが、両親の反対にあいました。

そこで、規律正しいイメージがあり、全寮制でお給料も頂きながら学ぶことができる自衛隊の看護学校を見つけたのです。

両親も、そこならば安心して外に出せる、と送り出してくれました。

結果的に親孝行もできたと思います。

 

やるなら楽しく

自衛官コースと技官コースのどちらに進まれたのでしょうか。

 

石川:今はもう大学の1つの学部に自衛官になるコースと技官になるコースがまとめられていますが、その頃は学校が分かれていました。

ですので、自衛官として3年間学んで看護師になる学校を選びました。

 

それでは隊員の授業も受けられたのですか。

 

石川:そうです。

自衛隊法について学んだり、富士山を重い荷物を背負って登り、トイレの穴を掘ったりテントを設置するという訓練を受けたりして3年間を過ごしました。

陸上自衛隊の看護学校だったので、毎日制服か白衣を着ていたように思います。

 

看護とは別にそういう身体的な訓練があると、辛かったのではないでしょうか。

 

石川:いいえ、私は楽しかったです。

このような事を言ったら怒られてしまうかもしれませんが、「やらなければいけないのであれば楽しく」というのが私のモットーですので、富士山で穴掘りをするのも本当は辛い訓練ですが、キャンプの延長のような気持ちを敢えて持つようにしていました。

 

実習などのエピソードで何か覚えてらっしゃるものはありますか。

 

石川:2年生の時の3週間実習で受け持った患者さんが印象的でした。

まだ脊髄損傷を受けて1週間も経たないくらいの、首から下が動かせない方でした。

そのくらいの時期ですと、ご本人もまだご自分の置かれた状況を受け入れられていないのです。

反射で足が動くようなことがあると、「もしかすると体が動かないのは一時的なもので、今後足が動くようになるのではないか」という期待を抱いたり、反対にもう一生動かせないのだと落ち込んでしまったり、と気持ちが落ち着きません。

その方に対して私はどのように関わっていけば良いのだろう、どうしたらこの方の気持ちが落ち着くのだろうか、ととても悩みました。

色々な事を考え、葛藤して、患者さんと一緒に怒ったり笑ったり、様々な感情の揺れを経験しました。

難しかったです。

見ていて可哀想という気持ちが先行して、実習に行くと自分の方が辛くなっていました。

ですが、今思えばすごくいい経験をさせてもらったと思っています。

その実習で看護の力はとても重要だと気付かされた気がします。

 

人材育成の秘訣

卒業されたあとは、どちらに配属されたのでしょうか。

 

石川:私は泌尿器と消化器外科、胸部外科の外科系の病棟に入りました。

どちらかというと、実習の時に明るい雰囲気を感じた外科系の病棟が好きだったのです。

外科病棟に入院していらっしゃる方々はもちろん様々な疾患を抱えていらっしゃるのですが、手術をすると元気になって退院されて行きます。

そうしたところが良かったのです。

 

元気になって帰られる患者さんから元気をもらえるとおっしゃる方は多いですよね。

 

石川:その病棟には7年程いまして、3年目には新人教育を担当することもできました。

その頃は病棟看護師の3分の2が3年目までの若手で占められていて、毎年7人程の新人が入って来ていたので、とてもやり甲斐がありました。

 

教育委員をしていた時は、いかに新人に成功体験をさせるか、という事を考えていました。

やはり厳しく接される事で気持ちが萎えてしまい、前向きになれない人もいます。

そうした人でも何か指摘を受ける事で成長はできますから、よくできた点をうまく返してあげられるように一所懸命に褒めていました。

そうすると、厳しく指摘をしてしまった後にもにっこり笑って「また頑張ります」と言ってくれるようになるのです。

ですから、教育委員をしていた時には人を教える上で必要な厳しさと優しさのバランスの取り方を学んだように思います。

 

明るい職場にするには切り替えが大事

 

どうしたら常に明るく前向きに働けるのでしょうか。

 

石川:いつまでも引きずらず、気持ちを切り替えることが必要だと思います。

ですから、私が師長になってからはオンとオフを大事にしなさいとよくスタッフには言っていました。

人間は誰しも何時間も集中し続けることはできません。

ですから、交代で休憩して、本当にリラックスする時間が必要です。

その代わりに頑張らなければいけない時には、どんなことがあっても頑張らなければいけません。

そのオンとオフの切り替えがしっかりしていると前向きな気持ちが湧いて来ると思います。

 

ご自身ではオンとオフをどのように切り替えていらっしゃったのでしょうか。

 

石川:最近までは週1でバレーボールをずっとやっていましたが、こちらでの勤務になってからは難しくなったので本を読むようにしています。

推理小説の登場人物を自分の好きな俳優が演じている所を想像してみるのも面白いです。

そうして全く仕事のことは考えないような時間を作っています。

後編に続く

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病院紹介

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白岩 憲子
A-LINE株式会社 シンカナース副編集長
聖路加国際大学卒業 看護師 保健師 東京武蔵野病院