No. 76 下門 すみえ様 (敦賀医療センター) 前編:患者さんの立場で考える看護ケア

No. 76 下門 すみえ様 (敦賀医療センター) 前編:患者さんの立場で考える看護ケア

  • 2017年10月27日
  • インタビュー
No. 76 下門 すみえ様 (敦賀医療センター) 前編:患者さんの立場で考える看護ケア
No. 76 下門 すみえ様 (敦賀医療センター) 前編:患者さんの立場で考える看護ケア

今回は敦賀医療センターの下門すみえ看護部長にインタビューさせて頂きました。

看護部長として組織をまとめる、下門看護部長の手腕に迫ります。

看護の魅力にとりつかれて

 

早速ですが、看護師になられたきっかけを教えていただけますか。

 

下門:はい、私はもともと看護師になりたかったというわけではありません。

中学の時の国語の先生が大好きだったという理由から、本当は国語の先生になりたかったのです。

でも、高校3年になり進路について先生に相談したときに、「数学と英語と社会をもっと頑張りなさい」と言われて、ちょうど共通一次試験が始まった年でもありまして、国語の先生になるのは難しいということが分かったのです。

それで、進路を考え直したところ、看護師になるという選択肢があることを知り、結局看護学校に進学しました。

 

どちらの看護学校に進学されたのでしょうか。

 

下門:私は、熊本県の天草というすごい田舎の出身でして、同じ九州の福岡県にある九州がんセンター附属の看護学校に進学しました。

看護学校に入ってからは、看護の魅力にはまったと言いましょうか、その魅力にとりつかれました。

特に、生理学や解剖学の授業はとても楽しく引き込まれる感じで、私にとってとても興味深いものでした。

 

看護の魅力に取りつかれたのですね。当時の看護実習で一番心に残っていることは何ですか。

 

下門:私は書くことが好きで、実習記録を書くのは全く苦ではありませんでしたが、私が書いた実習記録に対して、実習指導者の方がすごく丁寧で適切な返事を書いてくださったのを覚えています。

学生時代は、この実習指導者からの返事を貴重なアドバイスとして受け入れ、自分の評価とすることで成長できたと思います。

 

同僚の温かい助け

 

卒業後は、九州がんセンターにそのまま就職されたのでしょうか。

 

下門:いいえ、実は当時、兄弟が近畿圏に住んでおり、両親も大阪だと安心とのことで、今の大阪医療センターに就職しました。

 

最初は、何科に配属されたのですか。

 

下門:最初は、婦人科でした。

先輩たちにいろいろなことを教えていただきましたし、夜は患者さんについて語り合うこともあって、非常に楽しかったです。

学生の時には、丁寧に実習指導をしていただいたので、自分の看護の評価が出来たのですが、就職した1年目の時に、ふと自分の仕事ぶりを直接評価してくれる人は学生の時みたいにいないことに気づき、「自分の看護は、自分自身で評価していかないといけないんだ、それが仕事なんだ」と気づかされました。

 

結婚や育児の時期はどのように乗り越えて来られたのでしょうか。

 

下門:働き始めて3年目くらいで結婚・出産し、それから育児休業、その後復帰という形を取りました。

当時は、育児制度がまだ整っていない時代でしたし、主人と2人だけでしたので、周りの方々に随分と助けていただきました。

例えば、子どもがまだ小さくて病気をした時、ある先輩が私の大変な様子を心配してくださり、「大変だから下門を休ませてあげてください」と婦長に頼んでくれたことがあります。

その先輩は、ご自身の年休を私にゆずり、私の代わりに仕事に出る、と言ってくださったのです。

しかし、婦長としては、私だけ特別に休ませるなど他のスタッフに対して示しがつきませんから、到底首を縦に振ることはできません。

しかし、婦長の粋な計らいで、私が仕事をする傍らで、なんとその先輩が一日うちの子をおんぶして見てくださったのです。

あの時のことを思い出すと、本当にみなさんのおかげで今の私があるのだと、つくづく思います。

 

とても温かいお話ですね。

 

下門:ええ、今はなかなか同期どうしでも、子どもを預けあうことまではありませんので、良い時代だったなと思います。

非常に懐かしく思うと共に、本当にもう頭が下がります。

 

上司にも部下にも恵まれて

その後、看護部長になられるまで、どのような道のりを歩んでこられたのでしょうか。

 

下門:大阪医療センターで15年勤務しました。婦人科病棟、外来で勤務し、外来と整形外科病棟で副看護師長を経験しました。

その後、看護師長に昇任し京都医療センターに異動し、外来師長を3年経験しました。

その後、吹田にあります国立循環器病センターに7年間勤務しました。

6カ月以下・6キロ未満の心疾患の乳幼児の病棟に1年半、その後医療安全管理者を3年半、それから不整脈病棟の看護師長を2年務めました。

その後、副看護部長を6年経験し、看護部長になり現在4年目です。

 

何度か転勤もご経験されていらっしゃるようですね。

 

下門:実は、当院のような国立病院機構は昇任の場合は、転勤前提でして、近畿管内に20施設あるのですが、師長になるなど昇任するときは、配置換えになります。

転勤と言いましても、私は、小一時間前後で通える所ばかりでしたが、看護部長になってからは単身赴任をしています。

 

長年、看護師の仕事に打ち込んでこられたのですね。これまで、忘れがたいエピソードは何かありますか。

 

下門:京都医療センターに転勤になって3年目になる頃、病院機能評価を受ける機会がありまして、そのときにスタッフが一致団結して乗り越えたのが忘れられません。

当時、京都医療センターで、過去に病院機能評価を受けた経験を持っていたのは私一人だけでしたので、スタッフは私についてくるしかなかったわけです。

当日は私もそわそわして逃げたいくらいでしたが、「師長さんがそんなこと言ったら困ります、私たち一生懸命頑張りますから」と言って励ましてくれました。

 

まさに、一致団結ですね。

 

下門:そうですね、京都医療センターに来る前の大阪医療センターで、一度病院機能評価を経験したことも、とても助けになったと思います。

その時の看護部長が「あなたたちはいずれまたそういう評価を受ける機会があるだろうから」といって、昇任間近の私達を特別に、機能評価会場に書記として入れてくださったのです。

そして副看護師長の私達が取り組んだ看護基準を手に取り、審査員に「副看護師長達が取り組んだ看護基準です」と説明されているのを見た時、なかばやらされ感を持っていた私でしたが、自分達に任されていたことがこんなに重要な看護の質評価に値する事だったのだと気づき、誇らしく感じたとともに、やらされ感を持っていた自分を反省しました。

色んな機会を通し、教育してくださったことに感謝しています。

こうして思い返すと、私は上司にも部下にも恵まれてきたのだと、本当に思います。

 

素敵なエピソードをありがとうございます。では、今まで経験されてきた中で苦労されたことはありますか。

 

下門:そうですね、師長になってから勤務表作りで結構大変な思いをしました。

京都医療センターの時は外来師長で、土日が休みの勤務表でしたので、あまり勤務表の苦労はなかったのですが、循環器病センターで師長をしたときは、スタッフが30人くらいでしたが、勤務表がうまくできなくて非常に苦労しました。

ある日、勤務表がなかなかできず気が重い状態で看護部長室へ行き、みんなで少しお菓子を食べたりしていたのですが、お茶碗を洗いながらポロポロポロポロ涙が出てきたことがあります。

そうしたら、副看護部長が「今、とても頑張っているのは分かっていますよ」と言って、勤務表作りの極意をアドバイスしてくださり、本当に助けられました。

 

大変な時に励ましてくださる方が近くにいるのは、心強いですね。

 

下門:私が副看護部長になったときも、当時の看護部長に「逃げたいときや困難なときにどう乗り越えるか」と相談しましたら、「自分のお腹、丹田に力を入れて覚悟を決めなさい」と教えてくださいました。

「覚悟」というのは管理者としての覚悟のことですが、いろんな窮地に立ったときにはいつもそれを思い出して、うんっ、とお腹に力を入れて頑張るようにしています。

 

高齢者ケアの新しい取り組み

管理者、看護部長としてお仕事をされていると、大変なことも多いのでしょうか。

 

下門:そうですね、1人でできることは少ないので、やはり周りの力をどう上手く引き出しながら使うか、ということが大切ではないかと思います。

例えば、私がこの敦賀医療センターに来てから、師長たちの協力を得て高齢者ケアの充実を図るという新しい取り組みをしていますが、看護師たちが意欲的に関われるようにしています。

高齢者が増えていく中で、看護師に対応能力がなければ、看護師自身が自己嫌悪に陥りますので、対応能力を上げて、患者さんにとっても良く、自分もやりがいが見いだせるようにすることが必要です。

それで、高齢者ケアの充実を図る目的で、人権の尊重や人の尊厳を守り対応するといった研修を取り入れ、体験学習も行っています。

 

高齢者ケアの充実を図るという新しい取り組みとは、具体的にどのような取り組みでしょうか。

 

下門:いま独居の方が多いので、オムツを持ってきて下さいと言ってもなかなか持ってこられないので、人の物を借りて返す、ということがあります。

見ての通り古い病院で、ベッドサイドも狭いので、そこにオムツ等を置くと足の踏み場がなくなったり邪魔になったりということもあります。

そこで、ベッドの周りの環境を整えるということと、その患者さんに合った適切なオムツを患者さんに提供できるように、アメニティセットを取り入れています。

アメニティセットというのは、入院中に必要となるタオル・衣類・日用品・オムツなどを一日単位の定額制のレンタルにてご利用いただくサービスです。

 

アメニティセットがあることで、ご家族だけでなく、患者さんご自身も安心できますね。

 

下門:そうですね。

ご家族には、洗濯物を取りに来られるというよりも、慰安としての面会に来ていただきたいのです。

このアメニティセットは、徐々に使用者も増えてきていまして、スタッフ自身が「やってみてよかった」というのを実感できれば、今後も継続していけるのではないかと思います。

 

体験学習を通して看護ケアを考える

 

素晴らしい取り組みですね。体験学習は具体的にどのようなことをするのでしょうか。

 

下門:例えば、声かけをしないでベッド柵を粗雑に動かされたときにどう感じるのか、患者さんの立場で考えられるように実際にベッドサイドで体験させています。

声かけのないケアを体験させた後には、目と目を合わせながら声をかけてケアの説明を行うことで、悪い例と良い例の違いを感じてもらうようにしています。

物品を丁寧に取り扱うことや、手の置き方、患者さんの手の支え方など、看護師自身が患者の身になってケアを受けた時に感じたことを通して、自分のケアをまた考え直す機会になってほしいと思っています。

 

患者さんの立場になって考えることを大切にしておられるのですね。

 

下門:人って結構、無意識にしたり癖になっていることは覚えていなかったり、自分の行動をあまり実感していないものです。

実際の体験を通して、初めて自分の改善点に気づいて、問題点を自分のこととして捉えられるというのはあると思います。

ですから、よく看護師には「あなたの親だったらどうなの?」「子どもだったらどうなの?」と言って、自分の親がこういうことで良いのかという視点からケアを考えてもらうようにしています。

後編へ続く

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嶋田 香織
A-LINE株式会社
シンカナース編集部及び営業本部長