No. 69 佐々木美奈子様(新潟県立精神医療センター)前編「働いてから知った看護の面白さ」

No. 69 佐々木美奈子様(新潟県立精神医療センター)前編「働いてから知った看護の面白さ」

  • 2017年10月10日
  • インタビュー
No. 69 佐々木美奈子様(新潟県立精神医療センター)前編「働いてから知った看護の面白さ」
No. 69 佐々木美奈子様(新潟県立精神医療センター)前編「働いてから知った看護の面白さ」

今回は新潟県立精神医療センターの佐々木美奈子看護部長にインタビューさせて頂きました。

佐々木看護部長の手腕に迫ります。

 

高校生の時の一言が看護との出会い

看護師になろうと思われたきっかけを教えて頂けますか。

 

佐々木:私の看護との馴れ初めは、高校で最後の進路を決めるときに担任の先生に「先生、看護師はいいでしょうか」とひと言伝えた時です。

元々は全く違う進路を考えていましたが、何故か言ってしまいました。

そうしたら、その担任の先生の奥様が助産師だったこともあってか、とても応援してくださって、看護系の学校を先生に選択していただきました。

それから、あっという間に、もうすぐ退職の年を迎えます。

 

ご自宅から通える看護学校に行かれたのでしょうか。

 

佐々木:私の強い希望で東京に出てきて、寮生活を経験しました。

途中からアパートに出ようかとも思いましたが、自炊しながらの実習は難しいと思いまして、そのまま寮で卒業まで過ごしました。

 

看護学校に進まれてから、イメージと現実との違いに戸惑われたりしたことはございますか。

 

佐々木:高校までの学習は、ある程度教科書と参考書を見れば点数が取れましたが、看護の専門の試験になると教科書だけでは十分でないという事に始めは戸惑いました。

先輩からテストの傾向などは話を聞くことはできましたが、それも毎回当たるわけではないですから、「授業をまじめにきちんと聞いてテストに臨まないとだめだな」と思いましたし、それが高校までとの大きな違いだと思いました。

あとは看護を学ぶ中で美しいこと、世の中に大切なことなども学ばせて頂くことができたのでそれはよかったと思います。

 

印象に残っている実習のエピソードなどはありますか。

 

佐々木:患者さんとの出会いが、やはりすごく良い経験になりました。

付属の高齢者に特化した病院では、ご高齢で肝臓を患っていた方を担当させて頂きました。

すごく可愛がってくださって、いい関係性を作ることができたと思います。

その方には「本を読みなさいよ」と言われたりもしましたが、人間の温かさなど色々と大事なことを教わりました。

実習が終わってからも、随分その方とは連絡を取らせていただいて、その方のお知り合いとも関係が繋がっていって、私にすごく大きな影響を与えてくださいました。

 

寮生活はいかがでしたか?

 

佐々木:人生の中で凄く大きな転換期・変化でした。

18歳まで実家で自由に暮らしていたのに、いきなり個性の違う同級生3人と1つの部屋で暮らさないといけないわけです。

今になってみると、そうした寮生活の必要性もわかりますが、当時は同室者の人との関係性を保つのは至難の業でした。

でもいい経験で、とても良い思い出になっています。

 

同室者は同学年の方でしたか。

 

佐々木:クラスは違ったとしても、同じ学年の方々と一緒でした。

半年ごとに部屋替えがありまして、そうやって、人間性、人との付き合い方を学ばせていたのだろう、と今になっては思います。

 

働いてから知った看護の面白さ

 

 

病院に就職する際にはどのように決められたのでしょうか。

 

佐々木:最初は看護師ではなくて、養護教諭か保健師になろうと思っていたのですが、ご縁がなく、1年間東京の透析センターでアルバイトをして過ごしていました。

病院の方からは、ちゃんと病院があるのだから就職しなさいと言われていたのですが、もう少し進む道を考えたいと言ってお断りしていました。

でも実習とは違って、職業人として、看護師として患者さんのベッドサイドに立つというのは、こんなに楽しいことなのか、と看護師の面白さを知りました。

ですが1年経って、「進学しないなら実家に帰ってきなさい」と言われて実家に帰ってきまして、最初は民間病院に勤めました。

それから結婚と出産を経て、家庭に入った時期もありました。

その後に主人の実家の新潟に移ってきて、県立病院に入りました。

 

そちらの病院では最初に何科に勤務されたのですか。

 

佐々木:そこでは消化器内科と泌尿器科の混合病棟から出発しました。

 

病院に勤務されて、今までの経験とは違うと感じたことはございましたか。

 

佐々木:遠距離通勤だったので、まずその通勤に戸惑いがありました。

県職に入る前は、自宅近くの同じ県立病院に臨時職員として勤務させていただいていました。

そこは比較的恵まれた医療施設で医師も良心的な場所でした。

それが本採用になると、離れた県立病院に行くことになりまして、そこで医師の厳しさを目の当たりにしました。

今から思えば、患者さんの前に看護師として立つには、一人の職業人としてきちんと観察ができて、それを表現して報告できなければいけないという教育だったのではないかと思います。

医療は厳しい世界なのだということを初めてそこで学びました。

少し遅れた新入職者でしたので、先輩方も戸惑われたと思うのですが、すごく温かく手取り足取り、一つずつ技術も、報告の仕方も教えてくださいました。

今も何十年もの付き合いで、私の憧れの先輩たちです。

 

素敵な出会いですね。

その後は病棟の異動などはあったのでしょうか。

 

佐々木:師長は頻繁に変わっていたのですが、私はその病棟にずっといました。

ただ次第に、どこに何が置いてあるのか、どういうふうに物事を進めればいいかが分かってしまって、「私はここにいてはいけない」と自分で思うようになりました。

丁度その頃に自宅近くの病院に配置換えになりました。

 

初めの病院に戻られた形ですが、その時に感じたギャップはありましたか。

 

佐々木:環境的には前に勤務していた病院ですので、どこに何があるのかもわかって、どう動けば良いかもわかっていたのですが、新たな人間関係に馴れるまで3カ月くらいは戸惑いがありました。

3カ月過ぎた頃に、ようやく「私はここに居てもいい」と感じることができて、すごく楽しい時間を過ごすことができました。

 

戻られてからはどちらの病棟にご勤務されたのでしょうか。

 

佐々木:呼吸器・循環器の病棟でした。

一瞬も目を離せないような仕事内容の時もありましたが、医師も含めてスタッフの関係性がよかったのを覚えています。

 

そちらの病棟には何年いらっしゃったのでしょうか。

 

佐々木:3年居させて頂きましたが、そのあと師長に昇任したので、部署を異動しました。

 

がむしゃらに頑張った師長時代

 

その3年間で思い出に残っている事はありますか。

 

佐々木:ちょうどこの病院に戻ってきた時から医療費抑制政策が始まり、医療安全に対する意識が高まっていました。

ですから、医療安全や感染防御に関して様々な取り組みが始まり、それまでは比較的ゆっくりのんびり、患者さんと過ごしていた現場に変化が起きました。

3年の間には、医師から徹底的に医療安全について勉強させていただきましたし、機能評価に関しても取り組ませていただきました。

苦しいこともありましたが、充実した日々を過ごして、とても楽しかったです。

やはり、様々なことを作り上げ、積み上げていく作業はいい思い出です。

 

そのあとはどのようにキャリアを進められたのでしょうか。

 

佐々木:興味のあった緩和ケア系の消化器病棟へ師長として入り、そこでも病院の変化を経験しました。

在院日数を短縮することを求められるようになったので、今度はベッドコントロールという課題が出てきたのです。

ベッドの稼働率は常に100%以上で、患者さんも3ヶ月待ちの状態でした。

その病院はがんセンターでしたから、「私はがんなのに、なんでこんなにベッドを待たないといけないのよ」「私を苦しませて、あなたはいいと思っているの」というお言葉を患者さんやご家族から頂いたこともあります。

でも師長になりたてでしたから、先輩の師長にも「空き部屋ありませんか」とはとても言えない状況があり、全く技もなく、がむしゃらに頑張った2年間でした。

 

そうした難しい状況へはどのように対応されたのでしょうか。

 

佐々木:医師の方々に直接事情をお伝えして協力して頂きました。

「先生、お願いがあります。ベッドが足りない状況です。ただ今から2人退院させていただけないでしょうか」と、いうように。

そうして急遽退院が出ても、もうホールに風呂敷包みを持った入院予約の方が待っていらっしゃるという状態でした。

 

そんな時期を乗り越えられたあとはどのようなご経験をされましたか。

 

佐々木:次は外来の方に移りました。

外来は外来で、山ほどの患者さんを回していかなければいけませんでした。

それと同時に機能評価の対応や電子カルテの導入がありましたので、正直現場にいられる時間は僅かでした。

この間、当院の栄養課長ともその頃の話をしたのですが、電子カルテを導入するには、その中に普段自分達が使っている言葉を入れていかなければいけません。

でも、医療職とその作業をしてくれるITの方との間には共通言語がなく、言葉の持つ意味合いを説明するのにとても苦労していました。

結局その仕事は数年かかったのですが、今ならばその莫大な作業も面白い経験だったと思えます。

 

後編に続く

 

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病院概要

新潟県立精神医療センター

嶋田 香織
A-LINE株式会社
シンカナース編集部及び営業本部長