No. 44 高橋佐代子様(横浜旭中央総合病院)前編「看護補助者の経験を糧に」

No. 44 高橋佐代子様(横浜旭中央総合病院)前編「看護補助者の経験を糧に」

  • 2017年8月17日
  • インタビュー
No. 44 高橋佐代子様(横浜旭中央総合病院)前編「看護補助者の経験を糧に」
No. 44 高橋佐代子様(横浜旭中央総合病院)前編「看護補助者の経験を糧に」

今回は横浜旭中央総合病院の高橋佐代子看護部長にインタビューさせて頂きました。
高橋佐代子看護部長の手腕に迫ります。

 

看護補助者の経験を糧にして

看護師を目指すようになったきっかけを教えて頂けますか。

 

高橋:私の母が看護師で、家の近所で何かがあると血圧計を持って走っていくような人でした。

小さな頃からその姿に憧れていましたが、幼心に「私はあれだけの仕事はこなせない」と感じて、保健室の先生になりたいと思っていました。

そのため学校では保健係を務めたり、登校拒否の子の家に迎えに行ったり遊びに行ったりしていました。

それを知っていたのか、中学・高校の担任の先生に看護師を勧められた事をきっかけに看護師を目指すようになったと思います。

 

看護学生時代のエピソードは何かございますか。

 

高橋:始めは静岡の准看護学校に2年通っていたので、午前中は看護補助者として患者さんと接して、午後勉強するという生活をしていました。

学校での学びをすぐに患者さんへのケアに反映させられたのでとても楽しく学べました。

准看護学校を卒業したあとは2年間同じ病院に勤め、その後東京の看護学校へ進み看護師資格を取りました。

 

看護補助者として働かれる中で印象的だったことはありますか。

 

高橋:やはり看護補助者をしていた2年間はとても貴重な経験だったように思います。

看護補助者という立場にいたからこそ、看護師には言えない患者さんの生の声を聞くことができました。

 

看護学校卒業後はどのようなセクションで働かれましたか。

 

高橋:卒業後は同グループの板橋中央総合病院の内科病棟に配属されて、その後手術室やICUを数年ずつ経験して主任になりました。

管理職になってからは外科とICUを行ったり来たりしています。

 

チャレンジするのが楽しくなった

管理職に就くにあたり、戸惑いはありませんでしたか。

 

高橋:始めは「自分に務まるかな」とは思いました。

それでも、「評価は人がするものであり、自分でするものではない」、「周りの人ができると言っているし、そういう仕事をもう実際にしている」と周りの方から言って頂いたので決心が付きました。

やはり挑戦しないのは、折角チャンスが回ってきたのに勿体無いと思います。

 

管理者になられてみて如何ですか。

 

高橋:私は師長になってから色々なことにチャレンジするのが楽しくなりました。

同じ頃に、看護の仕事は病気を治す患者さんのお手伝いですから、その人自身や暮らし全部を理解しないとできないなとも思いはじめました。

実際に「病院の常識は社会の非常識」と言われることもありますから、看護師の経験だけではいけないと思いまして大学に行くことにしました。

 

どちらの学校に通われたのでしょうか。

 

高橋:東洋大学社会学部の夜間コースです。

編入も可能でしたが、しっかり勉強したかったので4年間通いました。

そこで今まで知らなかった政治経済、宗教などを学んで、すごく楽しかったのを覚えています。

そのまま大学院にも進んで医療社会学を専攻しました。

大学院は昼間でしたので、師長でしたがシフトも調整して頂いて、皆さんに支えられながら行かせて頂きました。

 

進学されてみてご自身の中で何か変化はありましたか。

 

高橋: そもそも社会学は、多方面から物事をみる学問ですので視野が広がりました。

その結果、職場でも人がとる行動の意味がわかるようになって「何でそういうことするの?」と困惑することが殆どなくなったのです。

それに加えて、夜間コースに通ったことで幼稚園の園長、青年海外協力隊の方、高校を卒業したばかりの方などとの出会いもありました。

それだけ生活背景が違うと考え方も物事の認識も違いますから、非常に良い刺激を受けられました。

 

卒業した後に部長になられたのでしょうか。

 

高橋:ずっとそのまま仕事しながら行っていたので、大学に行っているときはICUの師長をしていたと思います。

大学を卒業したあとは確かに時間的な余裕ができたので、教育委員会の委員長、そのあと教育担当の副部長をやらせていただいて。

部長になってからはイムス富士見総合病院へ異動しました。

 

 

 

地域社会に貢献する病院、看護師を育てる

部長就任にあたり、チャレンジしたいと思ったことはありましたか。

 

高橋:板橋中央総合病院は超急性期でしたので、スタッフが私生活との両立をするのが難しい病院でした。

一方イムス富士見総合病院では元々が慢性期ということもあってか、子育てをしながら働いている方が多く居ました。

そこで、看護師として働き続けられるだけでなく、働く看護師の家族も幸せにできるような病院を作ることを目標に、そこで6年間勤務しました。

その後横浜旭中央総合病院に来て1年程です。

 

こちらの病院での目標はどのようなものでしょうか。

 

高橋:もっともっと地域に貢献できるようにナースを育てていきたいと考えています。

ここは団地の中にあるので地域密着型の病院です。

地域に根差した病院を作るには地域の人を知らないといけませんから、夏祭りなど地域で催されているイベントに積極的に参加して、地域の人たちと一丸になって病院をつくっていく活動を昨年からしています。

その一環として、新人教育の中でも地域に出て貰って病院の評判を聞くということをしています。

貰ってくるものは良い評判ばかりではありませんが、そうやって直接ご意見を頂くことで本気で改善しようという気持ちに繋がっています。

 

とてもユニークな研修ですが、変化はありましたか。

 

高橋:この研修がきっかけになり、1ヶ月に700件ほど救急車を受け入れるようにもなり、近隣病院からのいい評価を貰えるようになりました。

現場の人もそれによりやる気になっていっているようです。

 

本当に地域住民の方と一緒に病院作りをされていらっしゃるのですね。

 

高橋:当院は救急から回復期、在宅ケアもありますので全部できます。

そしてそれは看護にとってもすごく良いことなのです。

救急で運ばれてきて意識もなかった方が回復期病棟に移って帰る頃には歩いて顔を見せてくれる。

当院では脳外病棟の看護師も家庭訪問に行って、看護計画に情報を盛り込むこともします。

そういう看護師にとってとても嬉しい、やりがいに繋がる経験ができます。

私はそれがこの病院の一番の強みだと思います。

 

 

後編へ続く

 

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病院概要

横浜旭中央総合病院

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
北区医師会看護高等専修学校 東京都立公衆衛生看護専門学校 東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 博士後期課程在学中 ニュージーランド留学 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社