No. 43 平野美理香様(東京衛生病院)前編「言葉にする、言葉を変える、行動を変える」

No. 43 平野美理香様(東京衛生病院)前編「言葉にする、言葉を変える、行動を変える」

  • 2017年8月15日
  • インタビュー
No. 43 平野美理香様(東京衛生病院)前編「言葉にする、言葉を変える、行動を変える」
No. 43 平野美理香様(東京衛生病院)前編「言葉にする、言葉を変える、行動を変える」

今回は東京衛生病院の平野美理香副院長にインタビューさせて頂きました。
看護部長を兼任し、看護部をまとめる平野副院長の手腕に迫ります。

 

小さな頃に出会ったロールモデル

部長が看護師になろうと思われたきっかけを教えていただけますか。

平野:小さい頃に喘息で入院し、両親と離れて寂しい思いをしていた時にお世話になったクリスチャンの看護師さんが、私の背中を摩りながらお祈りをしてくれたんです。

その時に私も同じように看護師になりたいと思いました。

入院中の夜に「看護師さんいつ寝るの?」と聞いたら「寝ない」と言われて驚きました。

それ以来看護師を見るとずっと視線を追っていました。

すごい仕事なんだということが頭から離れなくなっていました。

 

ご自身の体験を通してナースという仕事に対しての憧れや、興味を抱かれたということですね。

看護学校はどのようにして選ばれたのですか。

平野:私は中学と高校とミッション系の学校に通っておりまして、千葉県にある三育学院カレッジ専門学校(現在は三育学院大学)ならば同系列で、看護も学べますし、寮もあるということで入学しました。

 

学校で看護の勉強をする時にギャップや、戸惑いを感じたことはありましたか。

平野:それは特にありませんでした。

生化学のクラスは難しかったですね。

病棟に出る実習はやはり大変で、苦労したのは覚えていますが、看護の演習はもう楽しくって。

演習中に先生が「モデルになってくれる?」と言ったら鼻にチューブを入れるモデル等でも積極的に臨んでいました。

 

 

学生時代の楽しかった思い出などはございますか。

平野:同じ寮にいる看護学科の仲間と1つの実習が終わるごとに、頑張ったねって慰労会みたいなものを開いていました。

認知症の方を受け持った実習では、患者さんがなかなか言葉が出ず、コミュニケーションが取りにくい患者さんを受け持ちました。

その方が最後に私の両頬を撫でてくださり、「ありがとう」と言ってくれたんです。

それがすごく嬉しくて今でも覚えています。

 

学生の勉強の大変な部分はあっても、患者さんとの関わりを通じて、非常にいい学生生活を送られたのですね。

平野:大変でしたけど、仲間が支えてくれたのでがんばることができました。

1・2年生は千葉で座学で、3年生になったら東京に来て、この東京衛生病院で実習をしました。

 

ご卒業されて、就職先を選ぶ際もそのまま実習先を選ばれた形でしょうか

平野:両親の近くの病院でと思い、神戸にある系列の病院に同級生9人と一緒に入職しました。

イメージと異なる看護師デビュー

平野:入職後、辞令は手術室でした。

私だけ手術室に配属されてショックを受けました。

手術室はすごく特異な分野ですし、予想もしていなかったので。

自分としては看護師になったら病棟で、〝白衣を着て“というイメージを持っていました。

でも手術室はユニフォームからしてみんなと違いますし、ナースキャップもあった時代でしたが、それすら被れなかったので、自分がイメージしていた看護師のスタートとは違ったんですね。

手術室には4ヶ月くらいしかいなかったのですが、その後、内科と産科と婦人科を経験しいい学びをすることができました。

 

手術室ですと、学生時代に学んだこととはまったく違う部分がほとんどだと思います。

機械の名前や処置的な部分も1からですよね。

平野:手術室の看護師のイメージとしては機械出しですよね。

先生が言ってくれたものを渡すイメージだったのですが、先輩を見ていると、先生が何も言わないのに適切なものを用意して渡すのです。

なので、自分はできるのだろうかという思いや不安はありましたし、最初は覚えるのも必死で。

初めは私が機械出しをする時には先輩が後ろに立っていてくれて教えてくれたのですが、独り立ちしてからは鼠径ヘルニアや子宮筋腫、帝王切開などの手術を経験しました。

基本的には機械出しを行なっていましたが、外回りをする事もありました。

本当にいろんなことをさせて頂けました。

 

 

繋がっていく経験

平野:手術室の後に内科病棟や産科病棟に異動になった時に、緊急に帝王切開になったときに人がいないと呼ばれたりすることがありました。

新人の自分でも役に立つことができるというのがすごく嬉しく、またいい経験をさせて頂いたと思います。

 

自分の希望したところではなかったとしても、挑戦してみるといろいろ学びがあるということでしょうか。

平野:はい、それはもうすごく感じました。

手術室では、手術がないときには注射室にも出張していたので、ひたすら注射室の係をやらせて頂きました。

次第に自信を持って注射できるようになったのも、手術室に配属されて何度も注射をする機会を頂けたからだと思います。

 

新人の方の中には希望した科でないと、もう絶対にいやだと言われる方もいますが、チャンスなので違ったとしても挑戦するとまた新たな発見があるというところも気づいてもらえるといいですよね。

平野:そうなんです。

本当に看護の対象は幅が広いので、赤ちゃんからお年寄り、患者さんだけでなく家族まで、いろんなところに看護師は関わるので、何一つ無駄なことはないはずです。

なんでも経験することは大事です。

時々、「自分の目指すものはこれだ」とか、「異動はいやだ」とか、「私はこの分野がやりたい」、といって譲らない人の話を聞くことがあります。

でも、その目標とする場所にすぐに到達しなくても、途中で色々と経験することでいろんな見方ができるから、と説得することがよくあります。

自分の経験の話を使うこともありますから、私自身が初め希望しない科に配属になったことが今後輩を育てて行く上でとても役立っています。

 

 

部長自らの体験が後輩の方々に伝わっていくものなのですね。

平野:でも、実は一回異動を嫌がったことがあります。

手術室のあと内科病棟に行き勉強をしている時に、また3か月後に産科病棟へ行ってくださいと言われて。

その時の部長は「あなたは新人なのに、いやですという選択肢はありません。」という感じでした。

「言われた通りにしたがってそこできちんと働けば、いい看護師人生を歩めるのだから」とまっすぐ私の目をみてはっきり言われたんです。

部長さんがそうおっしゃるのであれば、今は自分では納得いかないけれども、いい看護師人生を歩めるのであれば、頑張ってみようと思いました。

もうその部長さんは亡くなられたんですけども、そう言ってくださった部長さんに感謝しています。

自分の希望の科に配属されなくて、残念に思っている人達には「もう少し頑張って」と励ますことがあります。

今は気が付かないかもしれないけど、10年後、20年後に「部長が言っていたのはそういうことだった」と思ってもらえるといいなと思います。

若い看護師たちに理解してと言うのもなかなか難しいと思うのですが、信じて従って欲しいと言うしかないですね。

 

 

言葉にする、言葉を変える、行動を変える

新人の方々が、より看護の人生を豊かにしていくために必要なことはどういったことだと思いますか。

平野:初めて社会人になって、様々な面で自分の無力感に直面することはこの時期あると思います。

自分の弱さを受け止めてもらう必要がありますが、大変なことや助けて欲しいことは言葉にして表現して貰うことでしょうか。

当院では「看護のリフレクション」という振り返りを新人1ヶ月2ヶ月目で実施しています。

その中では、それぞれが経験してきた看護、印象に残ったことなどを言葉にして話すことによって、自分が患者さんにどう関わったのか、患者さんの人生のどこに関わったのか、という看護の意味付けをして貰っています。

自分では患者さんに迷惑をかけたと思っていても、他の人と共有することで「それは患者さんやご家族にとって良かったんじゃないか」など、いろんな見識が得られますし。

それを文字化して、記録として取っておくよう指導しています。

そうして自分が体験したことを積み重ね、それを振り返ることによって看護観は高められていきますし、自分の成長も感じていけると思います。

 

新人看護師に対しては、1ヶ月に1回は私自身が面談を行います。

師長には言えないこともあるかもしれませんしね。

見ていて「少し危険だな」「寝てないな」と思うスタッフが居れば新人担当の師長や病棟の師長に協力して貰い休みを長くとる等、早めに対策を取るようにしています。

もし、萎縮しきってしまって「すみません」が口癖となっている看護師がいれば、「ありがとうございます」に変えてごらんという指導もします。

「ありがとうございます」はすごくいい言葉なので、先輩もまたこの看護師に教えようという気持ちになりますしね。

姿勢が悪くなっている子に対しては、面談の時に、「スタイルがいいのだから姿勢をよくするだけで患者さんから信頼もされると思うし、姿勢を良くすると視野も広がるわよ」「姿勢を良くしていると、点滴が間違っていないか、点滴が落ちているかもチェックできるし、視野が広がるんだよ」等具体的な話をするようにしています。

オリエンテーションでは、患者さんの部屋を出るとき、もしかしたらそこに看護師のペンがあるかもしれない、個人情報が置き忘れられているかもしれない、注射器を忘れているかもしれない、布団がめくれたままかもしれない、だからどんな忙しいときも必ず一度振り返ってください、とも話をします。

 

具体的に行動や、言葉から改革していくというところがすごくいいですね。

最近よくナレッジマネジメントというちょっとわかりにくい言葉が使われたりしますが、

部長のなさっている事はまさに、看護を言葉で表現する事ですよね。

ご自身の体験で、きっと今この時期だったらこの言葉がいい、という物があるのでしょうか。

平野:個人的に、3年目になると慣れて来るので、大きな失敗であったり、医療事故が起きる可能性があると思います。

その年代の看護師達には、新人とも関わりますから、「もう一回初心に戻ろうね、自分が不安だったことを思い出そう」と伝えます。

 

後編に続く

 

東京衛生病院に関する記事はコチラから

No. 43 平野美理香様(東京衛生病院)後編「未来の種をまく」

平野美理香様(東京衛生病院)「色々なことに看護師は関わるので、何一つ無駄なことはない」

施設概要

東京衛生病院

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
北区医師会看護高等専修学校 東京都立公衆衛生看護専門学校 東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 博士後期課程在学中 ニュージーランド留学 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社