No.34 青井久江様(久里浜医療センター)前編「看護師の対象は常に『人』」

No.34 青井久江様(久里浜医療センター)前編「看護師の対象は常に『人』」

  • 2017年8月8日
  • インタビュー
No.34 青井久江様(久里浜医療センター)前編「看護師の対象は常に『人』」
No.34 青井久江様(久里浜医療センター)前編「看護師の対象は常に『人』」

今回は久里浜医療センターの青井久江看護部長にインタビューさせて頂きました。 看護部長として看護部をまとめる青井看護部長の手腕に迫ります。

 

人生を見つめたくて

 

A:看護師になろうと思ったきっかけについて教えてくださいますか。

 

青井:「生きる」ということの意味を考えるため病と戦う人々のそばで、人間観や人生観を見つめたいと思ったのがきっかけです。

 

A:看護学校はどのようにして選ばれましたか?

 

青井:地元、岡山にある国立病院附属の看護学校に行きました。

国立であれば思想の偏りがなく、国の政策に沿った方針と一定レベル以上の教育水準で看護師を養成すると思ったからです。

 

 

 

A:卒業後はどのようなキャリアを積まれましたか。

 

青井:卒業後は人生観を見つめるにはがんに罹患して死を身近に感じている患者さんの気持ちに寄り添うのが一番よいと思い、築地にある国立がんセンターに入職しました。

同期の入職者が3年くらいで辞めていく中、がん看護がどんどん面白くなっていき結局13年間在職しました。

13年目に看護師長昇任のお話をいただき、管理者への道を歩むこととなりました。

国立病院では昇任する時は別の施設へ異動することになっており、私は看護師長としてアレルギーやリウマチの治療で有名な国立相模原病院に異動しました。

そのころ、結婚もし、子供もできたので急性期医療を行う相模原病院に9年間勤めた後、自宅に近い国立病院機構神奈川病院に異動しました。

神奈川病院は結核や重症心身障害者の病棟を持つ入院期間のやや長い病院ですが、自分のクオリティオブライフを考えたとき急性期病院で走り続けるだけでなく子育てをしながら患者とじっくり関わる看護を実践する時期も必要だと思いました。

結局そこで看護師長として6年間勤務をした後、昇任して副看護部長として神経・筋難病医療センターである箱根病院に異動しました。

神経・筋難病の専門病院の副看護部長として2年勤務した後、高度急性期の総合病院である新宿の国際医療研究センターを経て、また、精神科依存症専門病院である久里浜医療センターへ看護部長として着任いたしました。

振り返ると専門病院での勤務が長く、総合病院にいたときもリウマチ科や神経内科といった専門的な病棟におりました。

 

A:幅広い看護を経験されてこられたのですね。

こちらの病院にはいつごろいらっしゃいましたか。

 

青井:看護部長として久里浜医療センターに来て、今年で2年目になります。

 

置かれたその環境を楽しむ

 

A:管理職になるのに戸惑いなどはありませんでしたか。

 

青井:看護師長としてトータルして15年間勤務しました。

看護師長は面白いですよ。

自分の病棟の看護の最高責任者として責任は重いのですがやりがいがあります。

自分が管理者として頑張れば患者さんはもちろんのこと、スタッフも喜んでくれて楽しく働いてくれます。

それが患者サービスに更に良い効果をもたらしてやりがいのある質の高い看護につながるのです。

看護師1人が頑張っても自分の担当の患者さんにだけしか良い看護が提供できないのですが、管理者になれば病棟、あるいは看護部長になれば病院全体の患者さんと職員のための看護が展開できるのです。

楽しいと思いませんか。

 

 

 

A:実際に管理者になられてみていかがですか。

 

青井:管理者としての仕事は楽しいです。

私は700床以上の病院から150床程度の病院まで様々な規模の病院で勤務しました。その中でも中小規模の病院は、職員や患者さんと管理者の距離感が近くて実際にどのような看護が実践されているのか見えるのが良いですね。自分がこんな看護の病院にしたいと思う具体策と結果が実感できるのです。

役職が上がるにつれてできることも大きくなりますから、必然的に結果も大きくなりますので、やりがいを感じますね。

 

A:部長が楽しそうに働いていると、下の人も挑戦したくなると思います。

 

青井:やはりどこに配属されても、自分のやりがいを見つけて自分の置かれた環境を楽しむのがいいですね。

 

看護師の対象は常に「人」

 

A:何処かに特化している病院でのご勤務が多いですが、総合病院での看護と何か違いはありますか。

 

青井:30年以上看護師として働いていて思うのは、どの科に入院している方でも、疾患が何であっても、看護師が対象にするのはあくまでも「人」であるということですね。

それは専門病院であれ、総合病院であれ、急性期病院であれ、慢性期病院であれ同じことです。看護はあくまでもケアを必要としている「人」である患者さんに実践するものであり、私たちはその「人」に対してどんなケアが必要なのか、どう関わるのが良いのかを考えることが大切だと思います。

 

 

 

A:様々なところへ異動されてみていかがですか。

 

青井:キャリアを積んでいくと自分が望んだ病院や部署でないところに配属されることがあります。しかしその都度色々な出会いや経験がありましたし、学ぶことも沢山ありました。

私にも不満や失望がなかったわけではありませんが自分にとって「合う」、「合わない」を早くに決めて、自分で枠を作ってしまうことはもったいないと思います。

自分で可能性を制限したり、成長の枠を決めてしまったりするともうそこまでしかできません。自分が壊れてしまうほど耐える必要はないのですが、少しだけ耐えてみると、そこにだんだん馴染んできて新しい可能性を楽しめるようになることもあるはずです。

何事も巡り合わせですから、与えられた環境でやってみるということが大事だと思います。

 

A:今までのご経験で印象に残っている物事はありますか。

 

青井:がんセンターで働いている時に死を迎えられる方を大勢看てきました。

私は「死」は悲しくて辛いことだと思っていたのですが、患者さんの中にはすでに「死」を受容していらっしゃる方が結構いらっしゃいました。

でも「死」を受容していても、すぐに寿命が尽きるわけではありません。

彼らとの関わりの中で、今生きているこの時間をどう大事にしていくか、悔いなく、無駄なくどう時を過ごすのかということを考えされられました。そこにその人の人生観が見えてきました。

またリウマチや神経難病の患者さんでは、がんとはまた違う辛さを抱えて生きていることに気付かされました。難病ですと意識が清明な中で体が思うように動かないといった辛い状況がずっと続いていますが、その中でも生きることに一生懸命なのです。不自由な生活中で、自分ができることは何かを考え、希望を見出しながら生きる、その意味はなんだろうと思いました。

そして重症心身障害者の科では、生きるということが、その人だけに意味あることではなく、その世話をしている家族や周囲の人々にとっての生きがいであったりします。やはり人が「生きる」ということは単純なことではないのですね。

 

A:看護師になる時点で知りたいと思われていたことが、色々な科を経験する中でより深められて来たのですね。

 

後編に続く

 

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施設概要

独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
北区医師会看護高等専修学校 東京都立公衆衛生看護専門学校 東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 博士後期課程在学中 ニュージーランド留学 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社