No.29 藤原佐和子様(済生会神奈川県病院)前編「成果が見えることは大きなこと」

No.29 藤原佐和子様(済生会神奈川県病院)前編「成果が見えることは大きなこと」

  • 2017年8月1日
  • インタビュー
No.29 藤原佐和子様(済生会神奈川県病院)前編「成果が見えることは大きなこと」
No.29 藤原佐和子様(済生会神奈川県病院)前編「成果が見えることは大きなこと」

29回目のインタビューは、済生会神奈川県病院へお邪魔させて頂きました。

看護部長を務められている藤原佐和子様より看護師に対する思いをお伺いしています。

専門職への憧れから入った看護の道

 

藤原部長が看護師になろうと思われたきっかけを教えてください。

 

藤原:教員など、自分の知っている専門職への憧れから入りました。

専門職といっても、教員になろうか、人間を相手にするものか、また違うものかというところで悩んでいましたが、教育学部で衛生看護科の教員養成課程に入学ができたので、そこで教育学と看護学を学びました。
実習で患者さんからいろいろなことを教わり、「看護師になりたい」と思うようになりました。
卒業後の進路にしても衛生看護科の教員と養護教諭、保健体育の保健、看護師とかなり選択肢としてはあったのですが、やはり看護師として臨床に出たいという思いがありました。
その頃は看護師には「白衣の天使」というイメージがありましたが、いわゆる3Kの時代、母には「大学を出て看護師になるのか」と言われたりもしましたが、教員になるとしても、自分の経験がなければ人を教えることはできないし、やはり看護の道へ進みたいという思いがあったので、それからずっと看護師を続けています。
教育学も学びましたので、大学でも少し教えていました。
教員と臨床と半々、行ったり来たりしながら現在に至っています。

 

 

学生時代のエピソードはありますか?

 

藤原:学生には荷が重かったんですが、肝臓がん末期の人を受け持たせていただきました。
ご主人さまが「こいつには昔迷惑をかけたから、このぐらいのことはするのが当然だ」と、ベッドの上に乗って一所懸命に患者さんの体位交換をしていらっしゃいました。
その実習中、私は意識が朦朧とされている患者さんに手浴をして、ご本人様の希望があって愛用の乳液を手につけて差し上げたのです。

そうしたら、患者さんの表情がふと和らいだんです。

それがとてもうれしかったので看護師に報告したら「なぜそのような体力が落ちるようなことをしたのか」と怒られました。

指導教官にも「何と看護がわからない看護師だ」と言われました。

そういう考え方をする時代だったのです。
その患者さんは残念ながらお亡くなりになったのですが、実習が終わったときにご主人さまが形見分けとして黄楊のくしをくださいました。
その患者さんのことは、今でもよく覚えていますね。

 

ご主人にとっても温かい看護をされていることが伝わったんですね。

 

藤原:看護というよりは「一緒に」「その場にいた」ということが大きかったのかもしれません。

私はそれしかできない状況だったと感じるのですが、同じ時間と場所を共有して、ともにその時間を過ごしたということじゃないでしょうか。

 

 

病院に就職するタイミングでは病院選びはどうでしたか?教員のほうが先ですか?

 

藤原:最初にナースになりましたが、ご縁があって千葉県立衛生短期大学や東邦大学医療短期大学で教鞭をとりました。
教員というのは患者さんから見たら利害関係がないですので、とてもシビアな患者さんの声を聞かせていただくことができました。
患者さんの捉え方は学んできたはずですけれども、見ていらっしゃる物や考えていらっしゃることは、そんな一言では語れないものなんだ、ととても萎縮した覚えがあります。
出産後もそのまま教員を続けていくんだろうと思っていましたが、手伝いをしてくれていた母が体調を崩したのを機に一時期専業主婦になりました。

しばらくして、看護学校の仕事や透析での仕事を再開して。
6年くらい前にその時の同僚に誘われてこちらに主任として透析センターに赴任しました。
主任時代には、坂本すが先生のいらっしゃる大学院にも通ってマネジメントを学びました。

仕事自体も勉強もとても楽しかったですよ。

 

主任さんからキャリアをまた次のステップにというのはどのような段階ですか??

 

藤原:初めは主任でしたが、しばらくして師長補佐として医療安全管理者を兼任していました。
前任の看護部長と副看護部長が辞任される時に、前院長が「藤原を看護部長にしたいということで力を貸してくれないか」と、看護師長の皆様にお話してくださったようで、看護部長になりました。

 

 

常に変化を

 

教育畑からいらっしゃった部長というのは珍しいですよね。大変だったことはありますか?

 

藤原:済生会の第1号病院として長い歴史がありますが、閉院を検討されていた時期や病院機能の変化などがあって、私が来た時には新たしい体制になってまだ2年目ぐらい。
問題が色々とありましたのでみんながどうしたらいいかわからない、どこへ向かって行くのだろう、という状況でした。
看護部長になってからはベッドコントロールを看護部で行うことにしました。

急性期の病床が足りなくなり、利益を一番あげている回復期リハビリテーション病棟の1病棟を急性期の病棟に機能転換しました。

当然重症度は上がりますし、慣れないことをしなければいけないので大騒ぎになりました。

そこから4カ月後に問題もありましたが電子カルテを入れたり、さらに半年後新棟作成のために引越しも。
回復期の病院の方が経営はしやすいですが、赤字になったとしても地域に貢献できるように急性期医療を推進していこうとしています。

 

部長がいらしてから常に変化が起こっているんですね。

 

藤原:病院とは社会や地域から求められる状況に変化していくものだと思います。

高度急性期や大学病院などは確固たるものがあると思うのですけれども、当院のように地域のために貢献していくということであれば貢献の内容は当然変化していくだろうと思います。

 

病院自体が常に地域の環境や声をキャッチして、変化していく。

 

藤原:そうです。

私が新人の頃は、1つのオペをするのにもオペ前から入院して、退院は2〜3ヵ月後でした。
今ではそういったように、1つの場所では治療は完結しませんから、施設毎にどういう役割を担うかが重要になっています。

高度急性期医療が注目されがちですが、患者にとってそれは1週間ぐらいで、その後は長い急性期や回復期です。

そこの中で医療と看護と介護とがどのように力を発揮していくか。

自分達の立ち位置と次につなげるための役割を意識していかないといけないと思います。

 

 

病院や病棟によって役割は違いますから、看護師も把握しておく必要がありますね。

 

藤原:当院も最初の頃は全ての科が入ってはいますが「うちには何も売りがないじゃないですか」とよく言われました。

私はそれは違うなと思ったんです。

済生会には急性期から回復期、緩和ケア、予防医療、維持透析それと在宅もあります。

それが強みですよね。
看護部という組織を運営するには、どのように職員が働いているのかを考えていかないといけないと思います。

長い看護師人生の中でどういうふうな歩み方をするかは人それぞれでしょうけれども、どこか1つだけの病棟を経験すればいいというわけではないですから。
以前は休日や保育室、そういった回答がとても多かった中途入職者に向けてのアンケート(「当院を選んでいただいた理由は何ですか?」「今はあなたはどのように感じていますか?」)でも、今では自分の希望先に配属されたとか、ある程度はやりたい仕事ができているとか、そういった回答が増えています。

 

教育の分野からいらっしゃったことが看護部の運営にも大きな影響を与えているように思います。

 

藤原:物事を誰でも納得できるかたちで可視化する、仕事を可視化する、成果を可視化するというところを心がけています。
自分たちの成果が見えないとただ疲弊していくだけですが、看護加算にしても、これぐらいあなた方がやってくれたからこれだけの加算が取れたんだ、と成果が見えることは大きなことだろうと思っています。

 

量的にも質的にも看護を可視化していくことになるんですね。

 

藤原:特に回復期ですと、看護する上で必要な情報やデータを収集するのには自分の五感を使います。

五感を使いなさいよという暗黙知ですよね。

でも暗黙知のままでは人に伝わらない。

それを文章なり何なり人にわかるように伝えるすべを持つことが看護を成立させるには必要だと思います。

自分たちなりの解釈を加えてツールをつくっていくということも必要ですね。

そのためにとにかく今は、看護を語るカンファレンスをやって貰うようにしています。

 

後編へ続く

 

 

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病院概要

社会福祉法人 恩賜財団 済生会神奈川県病院

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
北区医師会看護高等専修学校 東京都立公衆衛生看護専門学校 東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 博士後期課程在学中 ニュージーランド留学 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社