No.28 井上由美子様(三井記念病院)前編「患者さんにも看護師にも選ばれる病院づくり」

No.28 井上由美子様(三井記念病院)前編「患者さんにも看護師にも選ばれる病院づくり」

  • 2017年8月1日
  • インタビュー
No.28 井上由美子様(三井記念病院)前編「患者さんにも看護師にも選ばれる病院づくり」
No.28 井上由美子様(三井記念病院)前編「患者さんにも看護師にも選ばれる病院づくり」

28回目のインタビューは、三井記念病院の井上由美子副院長にお話を伺いました。
看護部長を兼任し、看護部をまとめる井上副院長の手腕に迫ります。

身近に感じていた看護の道へ

ナースになろうと思われた動機を教えてください。

井上:「早く親から自立をしたかった」というのがストレートな動機です。

幼少の頃は母が病気がちで入退院を繰り返していました。

母が自宅にいるということは年に何回かしかなかったのです。

父とよくお見舞いに行っていましたので、今考えれば何となく病院という場所が子ども心に残っていたのかも知れません。

だから、小さい頃から医療や看護が比較的身近にあったんですね。

当時は特にナースへの憧れはなかったのですが、入退院を繰り返している母を「元気にしてあげたいな」という思いがありました。

また、家庭の事情で高校生のときにある病院長のご自宅で少し生活したことがあり、病院というものを学生時代にも見ていました。

そのお世話になった病院長や奥さまの影響はとても大きかったと思います。

「早く親から自立してやってみたいな」というところはありました。

その近道が「手に仕事を持って働いていける道を」ということで、ちょうど看護師と重なったのではないでしょうか。

 

九州にお住まいになっていて、看護学校はどのようにして選んだのですか?

井上:東京に出たいと思っていました。

東京の大学に行く同級生を通じて情報を聞いたり、お世話になった病院の看護師さんに相談をしたりして学校を探しました。

東京ですと友人が住んでいる近くのほうがいいとか、親も安心できるところでは寮があるかとか。

教育をしっかり受けたいと思っていたので、私は東京女子医大附属の高等看護学校にしました。

両親も安心できるところを探しました。

 

いきなり寮生活に?

井上:学生のときはしばらくアパートに住んでいましたが、卒業してからもそのまま東京女子医大附属病院に就職しましたので寮に入りました。

 

就職も?

井上:はい、そうです。

基礎教育が大事だと思っていた。

基礎教育の間は東京女子医大附属病院で基礎教育を受けようと思って就職しました。

 

看護学生時代のエピソードや印象に残っていることはありますか?

井上:休学したことでしょうか。

 

本当ですか?

井上:2年生から3年生に上がるときです。

世界の違う東京に出てきて周りがいろいろと目新しく、学業と生活のバランスを取ることが難しくなってしまいました。一人暮らしも初めてで体調を壊してしまったことも原因です。父親は、「二十歳を過ぎていますから自分の責任なので、君がそう思うならどうぞ」と言いました。

 

その経験が学生さんや新人の方へのアドバイスに大変役立つのではないでしょうか?

井上:自分で責任を持って他人に迷惑をかけないのでしたら、若いうちはやりたいことをやってみなさいと考えています。看護師になろうと思って学んでいくのですが、環境が変わると迷走してしまうこともあります。多くの経験を学生時代も無駄にはならないと考えています。看護師になっても、「看護とは何か」と自問自答しながらも答えを見いだせず迷走することが多くあります。対象は生活している人ですから、社会で起きる多くの事に向き合いながら、あまり看護ばかりにとらわれない方がいいかも知れません。キャリアはその時の自分自身ですから。経験に無駄はないということでしょうか。

充実した教育を受けて

東京女子医大附属病院は大きいですし、実習に行っていたとはいえ勤務となるとまた違った側面があったかと思うのですが、新人時代のエピソードはありますか?

井上:あの当時は配属を自分の希望ではなく、看護部長や人事担当が配属を決めていましたと思います。

私は初め脳神経センターに配属されました。

そこは小児も成人もある1つの病棟です。

学生のときに勉強をおろそかにした時期があったので、卒業してから「こんなに勉強するのか」と思いました。

新人の頃は学生時代よりもたくさん教科書や参考書を持って職場に行っていました。

 

よくわかります。1年目は学ぶことが多いですよね。

 

井上:ありがたいと思っているのはいかに基礎の教育が大事かということです。

後にずっと続いていくので、教育が充実している女子医大に就職したことは今でも良かったと思っています。

 

看護部の教育体制も充実されていたのですか?

井上:はい、そうです。

新人教育は集合教育とそれぞれの部署での教育で、学生で学んできた事も基礎からきちんと教育を受けました。十分な教育体制がありました。

新人教育を受けているときは当たり前のように受けていましたが、その経験が管理職になってプログラムを組む側になった時に活かすことができました。

大学病院での経験を生かし、管理者としての道へ

看護師として自立していく中で5年目ともなるとリーダーになり、後輩ができてくる段階です。ご自身の看護師としてのベースから後輩たちを見る立場になったとき、ギャップや大変だと思われたことはありましたか?

井上:必死だったというのが正直なところです。

基礎教育の4年間は東京女子医大附属病院で受けましたが、大学病院はやはり規模が大きいので忙しさもありますし、もう少しベッドサイドでしっかりと患者さんに向き合う看護がしたいなと思うようになりました。

またその頃は、自分の看護の力はまだ満たないのですが、転職する第一段階といいますか、大体一通りの仕事ができるようになって他の病院の情報が入ってきたり、友達同士で情報交換をしたりするのでよそが良く見えて来る時期でした。

大学病院ではない他の世界はどうなのかと思い始めたのは、ちょうど5年目になる頃でした。

そのときに三井記念病院に転職しました。

19年間ほど勤めた頃に世田谷区の公立学校共済組合関東中央病院より看護部長のお話をいただき看護部長、副院長を7年務めて参りました。

2年前に現在の院長から、「患者とともに生きる医療を理念と掲げている。今後JCIという国際機能評価を受審する予定です。医療で一番大切な事は、患者が主役で医療者は患者がその人らしく生きるためのガイド役だと考えている。チーム医療の中で、看護師も教育を充実させ、看護のトップマネージャーは、変革の推進者であることも重要だと考えている。新しくいろいろなことを意欲的に取り組み、一緒にいいものをつくっていきませんか。」とお話を伺い共感しました。

関東中央病院では、組織のあり方、リーダーシップのあり方、経営への参画等、多くのことを学ばせていただきました。看護部長、副院長としての原点です。何よりも職員から大切にしてもらったことは感謝しています。

私が看護部長をしている間にJCIを受けるということはそうそう経験できるものではないなと。日本の医療機能評価と海外の機能評価がどう違うのか関心があり、また勉強できると思いました。

そして2年前に看護部長として三井記念病院に着任したのです。

 

院長は井上副院長のことを「変革者にはふさわしいのはこの方だ」とどのようにしてお知りになったのでしょうか?

井上:実際に学会でお会いしたこと、職員の中から誰かが言ってくれたのかもしれません。詳細は特に聞きませんでした。

 

ご自身が以前三井記念病院に勤務されていたときは師長をされていたのですか?

井上:はい。

 

以前、師長として勤務されていた三井記念病院にまた看護部長・副院長として戻ってこられることに対してはどういうお気持ちでしたか?

井上:組織によっていろいろと形態が違いますし、7年いなかった間に三井記念病院がどのように変わっているのか私は分かりませんでした。

何年勤めるという契約をもとに来たわけではありません。

何ができるのかしばらく実践を見てもらわないといけないということもあり、2年間仕事をしました。

そして今年副院長を拝命しました。今回私が副院長にということになりました。

三井記念病院で看護部長が副院長ということは初めてです。

病院長は前任のところで副院長として職があったのに、こちらに来てからの2年間申し訳なかったと話してくれました。

 

すてきです。

井上:病院長は熱い人なので。それが一つ成果ではありました。

 

看護にしても管理職としても評価をされたり認められたりすることは、やはり次の意欲やモチベーションにも重要になるのでしょうか?

井上:そうですね。現在の自分のレベルや立ち位置が「可視化」され次なるステップへとつなげられます。

自分が承認されるということは、また私の部下の承認につないでいくことができます。

例えば私が看護部長で副院長の職位があるということは私の後進になる人もこの職位をそのまま持っていけることになり、次の後任者にとってもいいことだと思います。

看護部長であることと副院長であることは、幹部職員ということになります。

もちろん、看護が原点で臨床家ですから看護が一番大事なのですが、経営に参画するという意味では責任が重要になってきます。

その位置にいることができると看護の力を組織の中で大きく発信することができるのです。

看護の対象者は生活者

臨床や看護師たちを守ったりサポートしたりする立場から、今度は病院全体を俯瞰して見る立場になられたというところで、そこでまたプラスで何か学ぼうと思われましたか?

 

井上:私が今まで看護を続けてこられたのは、本当に人に恵まれていたからだと思います。

学生時代はしっかり勉強しておけばよかったと後々後悔するのですが、就職した先も必ずいろいろなかたちのモデルナースがいるのです。

パーフェクトな人はいないので、コミュニケーション能力がすごく優れた人、知識が卓越した人、看護の技術がすごい人、いろいろな場面での交渉術が上手な人、いろいろな人がいます。

「この先輩のここはすてき」と真似をしたいと思う人が身近にいたのです。

それで私もこうなりたいと。

でもそれは何もしないでなれるわけではないので、最初真似から入っても勉強していかなければならないと学びました。

三井記念病院に来てすぐに副主任という立場になり、その後、主任、師長になったのがとても早かったです。

そうするとやはりそれなりの勉強を自分もしていかないといけないので、中での学習というよりは外に出る学習のほうが多かったです。

そこでまたいろいろな輪ができ、異業種の方たちと会う機会は師長のときから多かったように思います。

 

看護師以外の外の意見も聞くこともできるのですね?

井上:そうですね。

看護の対象者は普通の生活者ですから、私たちの思い描いている幅だけでは決してうまくいかないこともたくさんありますし、いろいろな世界があるのでそういうことを知って損はないなと思っていました。

何より面白かったんです。

例えば起業されている方とお話をすると看護の管理者ではないような視点で管理を考えますよね。

とても新鮮で面白かったんです。

 

もともと知らない人と会ったり話をしたりということはお得意ですか?

井上:そんなに得意ではないと自分では思うんですけど、不得手ではないかもしれません。

 

受け止めてくださる雰囲気が感じられるので、そういったところが話しやすいというところにつながっていっているのかなと思いました。

井上:父の仕事の関係でよく学校を転校していた。

そのため順応性があったのかも知れません。

あとは高校生のときに出会った人たちの印象も大きかったですし、常に人に囲まれているということで、そのことが自分をつくってくれている気がします。

 

患者さんにも看護師にも選ばれる病院づくり

こちらの看護部のビジョンで特に今回うかがいたいと思ったのは、「看護師にも選ばれる」というところです。これに対しての取り組みや特に気を付けていることは何ですか?

井上:特化してこれということはないと思いますが、丁寧に人を育てるということが一つ。

ここはかなり激戦区です。

近くに順天堂、医科歯科、聖路加、虎の門、ちょっと行けば東大、日赤という大学に囲まれた500床弱の市中病院です。

若い人たちから見たら大学で教育を受けたいとか、より先端の治療をやっているところがいいとか、選択肢がたくさんあります。

当院も歴史は長いですが、生き残っていくためには人を呼べるものがないといけないということは確かです。

どこの病院も一緒だと思いますが、看護師に選ばれないと看護師は来ないわけですよね。

労務環境は際立っていいというほどではありませんが、少しずつでも努力して改善を見せていくことが重要だと思っています。

そこは特に教育に力を入れています。「7年したら一人前になる」ということを目標にして教育を積み立てています。

500床の市中病院からしたら東京都千代田区にありますので、看護師の平均年齢は若くても仕方がありませんが、若くても自立していける強さを持ったナースを育てていきたいと思っています。

これといった特別なものは、ひょっとしたらないかも知れません。

 

自立したナースを育てるというときには、特に時代もあって「なるべく周りでサポート」と言ってしまうことがあります。サポート側も「自立させるんだ」といって教育することが重要だと思います。

井上:決して「受け身でいい」ということはありませんが、厳しければいいということでもありません。

優しく褒めて育てなさいといっても、褒められたことがない人はなかなか褒めるのが下手ですよね。

けれども褒められてうれしくないことはないので、やはり承認するということはとても大事だと教育の中で指導する場面があるときに話をします。

私の力ではなくて、一つ一つのお城を持っている師長さんがどうあるかでかなり変わります。

看護管理者の力がどれだけあるかということで選ばれる病院になりますし、看護師にも選ばれると思います。

決して看護部長が頑張ったからということではなくて、それぞれマネジメントしてもらっている管理者の能力と人間性に尽きるかなと思います。

師長さんたちにはそういうところを大事にしているということを日々の話で心がけて大切にしています。

 

師長さん方には井上部長のメッセージを伝えていらっしゃるということですか?

井上:はい、そうです。

師長にまず伝えて、あとは主任、その下に副主任がいます。

会議が月に師長は2回、主任・副主任は1回ずつありますので、病院の現状、看護部の取り組むべきこと、組織全体での情報共有事項、看護教育・業務上で管理者のコンセンサスを得ておくべきことなどを話したり、各課題の取り組みの進捗などを担当者から報告してもらっています。そういうときに病院の状況を話したり看護部の情報を話したりします。

また、週に3回は9時半から3時間程度、各師長から病棟の状況や人材育成の進捗状況、師長の悩みなどを聞く時間を設けています。唯一大切な時間です。師長が不在な時は代行者がきますので、貴重な時間です。看護部長として考えや思い、期待する事を話すことがあります。

私も会議があるので毎日しっかりとはいきませんが、現在は師長さんたちと向き合う時間が私自身を助けてくれています。

そのときに指導の在り方で師長が困っていることを相談されることもありますので、そこは貴重な時間だと思っています。

師長さんによってタイプやスタイルが違いますので、個別にメッセージを伝えることになります。

私にとっては師長さんと話をできることが学びですし、いい時間だなと思っているので大事にしたいです。

話しやすい環境を大切に

師長さんの表情を見るなど、報告以外でのコミュニケーションもその場で取れるということですか?

井上:そうです。

私が師長でいたときは呼ばれたときにしか看護部長のところへ行かないということもありましたが、今は師長さんたちは何をこんなに話したいのかなと思うぐらい話をしてくれることがとてもありがたいので、それは大事にしています。

忙しくて「今15分しかない」と対応するときもあるのですが、私の中にとってはとても大きく重要な場面だと思います。私を育ててくれた部長も実は同じ思いだったのではないかと思います。同じ立場にならないとわからないことも多くあると思います。

 

ノックをしやすい、部長に話しやすい環境はどのようにしてつくられていったのですか?

井上:看護部長になって、自分はどのような看護管理をしていきたいのか、どのような看護部長を目指していくのかと、実践の中で悩むこともありました。多くの看護部長の話を聞いたり、指導を受けたりする中で、看護部長としての教育も必要だと考え、大学院で看護管理を学び、認定看護管理者の資格を取得しました。

 

大学院も行かれたのですか?

井上:部長になってから行きました。

そこで知り合いになった部長や教員と話をすることがたくさんありました。

この部長さんはどのように部下の育成をしているのか直接聞くこともできましたし、教えてもらうことが多くて、ずっと変わらず、人に恵まれています。

 

看護部は怖いというか。

井上:「鉄の扉」とかね、事務の人から言われたことがあります。

 

師長さんたちが自ら話をするという第一歩がもうできています。

井上:私はここを一度辞めてまた戻ってきたときに先輩の師長もいましたが、自然に受け入れてくれました。

7年間離れていた感がなかったんです。

仕事の中身は師長のときと今とでは全く違いますので、そこは普通に大変ではありますが、師長さんによっては「すみません、イライラしてるんですけど聞いてもらっていいですか?」と言う師長さんもいるし、他の師長さんが何人かいると日誌だけ見て行く人もいます。

 

「部長が自分たちを見てくれている」という共通の認識が自然とできている雰囲気を感じます。

井上:「臨床をわかってくれている」と思っているのではないでしょうか。

 

そこはやはり大きいですか?

井上:そうですね。

臨床を経験せずに看護管理者をやっている人で素晴らしい人もいらっしゃると思いますが、困っていることに「確かにそうね」と言えることは大きいですよね。

私も昔はそういう経験をしていますから「私のときはこんな手法を使ったよ」とか、「アプローチはこうしてみたらどう?」と言えることもあります。

若い師長さんには、師長としてこれから育成していかないといけないので、もちろんときに厳しいことも言います。

でもそれを素直に受けてくれるので、それがありがたいです。

師長同士で集まって「部長ってこんなこと言ってた」というのはどこでもあることだと思います。

そう吐き出すことも必要だと思っています。

私も師長でいるときには「全く看護部長は私のことなんてわかってくれない」と思っていたこともあるので、それはみんな普通あると思います。

だから、「どうぞどうぞ」って自分の部署はしっかり守ってねと。

 

ベースとしてきちっとやってもらいたいことと緩やかにしてもらっていいところと、緩急付けられるというところも感じ取っていらっしゃるんですね。

井上:そうかもしれません。

ただ師長さんたちも変わりたかったという思いがあったのだと思います。

もちろん前任の部長には私もお世話になりましたし、情熱的で看護に熱い人だったので大変学ばせていただきました。

どんどん世の中は医療や看護が変わってきています。

看護管理者が仕事に追われるのはだめですけれども、アンテナを高くしていくということはとても重要だと思っています。

そういう意味では私が他院で看護部長や副院長を経験しているので、何かを積んできているんだろうなと思って見られているのかもしれません。

「みんなで変えていこう」というところに丁度コミットしたのかなと思います。

 

そこがマッチして。

井上:良かったんでしょうね。

後編へ続く

 

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病院概要

社会福祉法人 三井記念病院

中 友美
A-LINE株式会社 代表取締役社長 シンカナース編集長
北区医師会看護高等専修学校 東京都立公衆衛生看護専門学校 東洋大学文学部国文学科 明治大学大学院グローバルビジネス研究科 経営管理修士(MBA) 日本大学大学院総合社会情報研究科 博士後期課程在学中 ニュージーランド留学 A-LINE株式会社/代表取締役社長 東京医科歯科大学非常勤講師 著書『わたしの仕事シリーズ2 看護師』新水社