No.20 佐藤八重子様(九段坂病院)後編「”ぬくもりのある看護”のために、同じ価値観で看護を語りたい」

インタビュー

前編に続き、九段坂病院の佐藤八重子看護部長のインタビューをお届けします。

後編では、佐藤部長が就任してからの奮闘、九段坂病院の看護の強み、今後看護部が目指すものについて伺っています。

「患者さんが納得のいく看護」を実現するために

 

九段坂病院の看護部長になるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?


佐藤:看護部長という役割には全然関心がなかったんです。

でも何回か元上司から「こういうところから部長の話がある」と声をかけていただきました。

虎の門病院を心から愛していましたから、他の病院で働くということは考えていませんでした。

でも、50歳を目の前にして我が人生を振り返った時に、現役はあと何年もないのだから、

「やれるかどうかわからないけどチャレンジしてみよう!」と思ったときにこの病院の話があったんです。

周りの部下も成長してきて、私の役割が終わりつつあると感じていた時期だったこともあって、タイミングが合致したわけです。

九段坂病院に来られて驚いたことは何かありましたか?

佐藤:良くも悪くもカルチャーショックはありました。

とにかく、看護師確保が一番の課題でした。前任の方も相当苦労されていたようでした。

看護の質を追求する以前に、1年中看護師が出たり入ったりしている状況で、常に看護師を募集していたんです。

そして、とにかく新人の応募がなく、困りました。

ほとんどが経験者でした。

経験者は即戦力になるからいいんですけど、みんな「大学病院とか大きいところで疲れたからちょっとじっくり」という感じで、志が全然違うということもありました。

そんなに大きなギャップがあったのですね。

佐藤:でもその時に思ったことは、病院が違っても目の前に患者さんたちがいるということは一緒で、その患者さんたちに納得のいく看護にしていかなければならないということです。

ですから何としてもこの環境を変えねばと決意しました。

新人が入ってこないので、年齢層が30代ぐらいに固まっていたんです。

このままだと私の後任にバトンタッチしたある一定の時期に全員が定年になってしまいます。

新人を採用して文化を継承させていかないと、と思ったのですが、新人が来ないんです。

九段坂病院は脊椎で有名なのですが、なかなか看護師を確保するまでにはいっていなくて。

新人を集めるために、まず教育プログラムの再構築から取り組みました。

近隣病院との差別化や、整形外科の看護の面白さをアピールしました。

それでじわじわと。

それと同時に年度途中で辞める看護師が多かったので、それを限りなくゼロにしたいという思いもありました。

看護部長として考えていることを、看護師対象に語りました。

その結果、私の方針に納得できないスタッフがいたとしてもそれは仕方ないと覚悟して開催しました。

私が就任した当初は、離職率が18~20%で推移していました。

段々と改善してきて、一昨年は過去最高8.9%になりました。

そこまで改善したんですか。


佐藤:就任した9年前は現状を正確に把握するために、各委員会に出席し、課題をひとつずつ整理していきました。

200床規模ですから、師長・主任と一緒に教育プログラムの再構築、看護の提供方式変更、7対1の取得、看護師確保のための学校訪問等、なんでもやりました。

佐藤さん自ら。

佐藤:そうです。

とにかく何とかせねばという思いだけで、自分で言うのもおかしいのですが、果敢に取り組んでいたと思います。

3年ぐらいである程度教育プログラムの流れができたので、あとはそれをやってくれる専従の人を探しました。

虎の門病院で一緒に働いていた先輩が他の病院で教育のことやっていたというので、4年間やってもらいました。

その後、後任の人も運良く見つかって。

その人も偶然虎の門病院で以前働いたことがある人だったんです。

人との縁ってすごいなと思います。

すごいつながりですね。


佐藤:離職率も改善し、新卒新人の確保も潤沢になってきた今、次の課題はスペシャリティーの強化です。

私は基本的に有能なジェネラリストがとても重要と考えています。

その有能なジェネラリストを育成するには、CNSなどの活用も必要です。

当院には今、摂食嚥下の認定看護師が一人います。

次年度に向けてCNSの採用を目指しているところです。

時間をかけながら少しずつ作り上げていったかたちが今開いているということなのでしょうか。

佐藤:まだまだ満足していません。

医師は即戦力がほしいので、私たち看護部が考えている思想とは違うんですね。

オペ室は、今までずっと経験者ばかりを配属していましたが、そればかりでは先が行き詰ってしまうというのもあって、新卒を入れたんです。

そうしたら医師から「看護部長が代わったら方針を変えたみたいで、オペ室に新人が入ってくるんだよね」と言われました。

でも「どこがいけないんですか?」って返します。

「年齢がみんな一緒だったら、ある時看護師がまとまって定年となり、これまで継承してきたスキルなどを途絶えさせてしまうことになるんですよ」という話をしました。

ドクターともきちんと話ができるベースは、やはり虎の門病院で?

佐藤:虎の門病院で鍛えられましたね。

一緒に働く師長さんたちも意識が変わっていきますからね。

 

”本当の意味での看護”ができる人材を育成したい



「ぬくもりのある看護」はどういう理由で言葉として前面に出されたのでしょうか?

佐藤:これは私が就任する前からあった理念ですが、共感できるものなのでそのまま継承しています。

経験者で来ている人を見ていると「あれはできる、これはできる」と自信を持っている人が多いですが、私が4年目のときに経験したように、本当に患者さんと向き合うということができている看護師はほとんどいない、ということを、学生や新人たちによく話しています。

「痛い」や「苦しい」にアプローチして介入していくことは簡単です。

でも、患者さんが持っている力を引き出していく、そこに本当の意味での看護のスキルがあるという話をいつもしています。

本当の意味での看護のスキルとは、具体的にどのようなものでしょうか?

佐藤:ただ痛いから注射をするということではなくて、術後だったら痛くなるということを想定して、この鎮痛剤は一番効果が発せられるのは何分後で、ということを考えてアプローチできれば、本当の意味での疼痛コントロールがうまい看護師だと言えると思います。

「痛がっています」とか、「リハビリを全く拒否しています」とか、いかにも患者さんに問題があるように看護師は言うことがありますが、問題があるのは看護師のほうなんです。

治りたいと一番思っているのは患者さんです。

その患者さんがリハビリに向かっていけないのは、患者さんのニーズをきちんと捉えられていないからだということに、看護師自身が気付いていないのです。

患者さんときちんと向き合える看護師が患者さんのニーズを的確に捉えてこそ、ぬくもりを持って患者さんに寄り添えるでしょう。

最近は処置や定時のケアに追われて「ぬくもり」という部分まで考えられない状況下で働ている看護師が多いように思います。

佐藤:ファシリテーターとして教育プログラムの事例検討の際に、「看護の専門家って何だと思う?」とみんなによく聞くんです。

「知識や技術だったら看護じゃなくてもできるでしょう?それはただのテクニシャンだよね」って。

そうじゃなくて看護の専門家というのは、自分が一体どういう看護をしたいのかという自分の看護観をきちんと言葉にして、素人の人を相手にしてもわかるように伝えられてこそ、本当の意味での看護専門家だと思います。

看護観を意識できるような看護師を育てたいと思っているので、教育プログラムに1年目から事例検討を取り入れています。

新人の1年間は未熟な日々ですが、半年ほどたつと受け持ち患者を持ちます。

そこで失敗でも成功でも、何か自分が印象に残っている場面をきちんと振り返ってもらいます。

きちんと振り返りをすると、自分がこだわっていたところ、学生時代から大事にしたいと思っていたところがわかってきます。

そしてそれをきちんと概念化します。

ただ単に自分の感覚だけではなく、いろいろな理論の中のどの理論に一番リンクしているのかということを概念化する作業までさせて、そしてそれをみんなの前で発表するというのが1年目の2月ぐらいにやってもらうプログラムです。

学生のときに看護をきちんと見ているので、新人ほど本当はフレッシュなんです。

既卒で入ってきた先輩のほうが気づきにくいような印象もあります。

最近は新卒がほとんどなので、事例検討の発表を聞いていると素晴らしいメッセージに気付き、感動します。

ライセンスを持っていれば誰でもいいわけではなくて、やはり看護観を議論できるような人に一緒に働いてもらいたいですね。同じ価値観で看護を語れるって魅力的なことだと思います。

価値観がずれたまま入ってしまうとお互い不幸になることばかりですね。

そこのトップの考えであったり、看護部の価値観に共鳴できれば多少のつらいことがあったとしても頑張れるのではないでしょうか。

やはり誰と、どういう上司のもとで働くのかということがより求められる時代なんじゃないかと感じました。

佐藤:ここに来て9年、やっと軌道に乗ってきたかな、というところまできましたね。

5年ぐらいから手ごたえを感じ始めていました。

最後に、看護に対してのメッセージをお願いします。

佐藤:これから超高齢化社会が加速し、多職種とのチーム医療が大切と言われています。

介護福祉士さんがいたり、介護ヘルパーさんがいたり、その方たちが活躍していると「看護師って何をする人?」と言われかねない状況下に陥っていると思うんです。

でも私は違うと思っています。

先ほども言いましたが、ただ技術ができるだけだったら、看護師が必要とされなくなってしまう可能性が高くなると思います。

でも、その人がその人らしく生きられるために寄り添えることができて、患者さんを全人的に捉えることができるのは、看護師だけだと思うのです。

最近の介護福祉士さんはすごく優秀です。

この前も在宅医療の勉強会で、ある介護福祉士さんが「看護師さんらしからぬ看護師さんと一緒に働きたい」とおっしゃっていました。

急性期病院で働いている看護師さんは処置がメインだと。

メインはそうですね。

佐藤:この近隣は大学病院や特定機能病院がたくさんありますから、そことの差別化としては、患者さんが自分らしく生きられる生活の場に復帰できるまでをサポートできるような看護を提供していきたいと考えています。

この辺では当院が第1号なのですが、回復期リハビリテーション病棟があります。

回復期リハビリテーション病棟に転院されてきて、リハビリを進めていく中で患者さんのADLが回復されていく姿にはいつも感動します。

治療は終わったけれども話せない、食べられない、動けない人が、話せるようになったり、食べられたり、そしてちょっと動けるようになって、在宅に復帰していくプロセスがあります。

脊椎脊髄外科疾患の手術患者さんも同様です。

術前はしびれや痛みで動けなかった患者さんが手術をしてリハビリを通して、ADLが改善し社会復帰していく、その全過程に関わっていけるのは当院ならではだと思います。

急性期病院と在宅との橋渡しをされているのですね。

よく言われている「医師は病気を見て、ナースは人を見る」にもつながると思いました。

シンカナース編集長 インタビュー後記

九段坂病院へお伺いさせていただき、最初に佐藤部長へ挨拶させていただいた時は、とても穏やかで優しい方だなという印象でした。

所が、佐藤部長のインタビューが進むうち、私はお話に夢中に聞き入り「とても熱い方!」という印象を持たせていただきました。

自らの経験に基づき、飾らず、隠さず過去の成功/失敗体験、壁を乗り越えた瞬間、管理職としての役割、教育の大切さなど多くのお言葉をいただくことが出来ました。

印象的だった佐藤部長の言葉に「チャレンジ」という内容がありました。

管理職の声をかけられた時、それを嫌がり身を引く人も多い看護界の中で「チャレンジしてみよう!」と思われ、またそのチャレンジを楽しまれている前向きさ。

やる前から尻込みしてしまいがちな看護師に大切なメッセージをいただいたと感じております。

佐藤部長は、自らのポジションに対してスタッフから質問されても「楽しいわよ」と答えられている。
自然に思うことを、躊躇せずにお伝えされる部長の、お人柄そのもののエピソードであると思います。

佐藤部長の下であれば「管理職も楽しい!」と思える看護師が沢山増えるのではないか?それこそが看護界がより「明るく」なる大きな鍵なのではないか?

そうした事を思いながらインタビュー後、看護界の未来は「ポジティブで熱い部長の思い創られていく!」と、温かい気持ちで病院を後にしました。

佐藤部長自ら、病院内も丁寧にご案内いただきまして、誠に本当にありがとうございました!

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