熊本震災 本震直後の出産 Vol.1

熊本震災 本震直後の出産 Vol.1

  • 2017年4月15日
  • コラム
熊本震災 本震直後の出産 Vol.1
熊本震災 本震直後の出産 Vol.1

里帰り出産が、、、大変なことに!

熊本地震から丸1年が経ちました。故郷の熊本が、誇り高き熊本城が震災の被害を受け、いつもお花見をしていた熊本城周辺は、2017年4月現在も立ち入り禁止場所もあり、初めて道路からのお花見をしました。2016年4月14日の大地震から16日の本震と続きました。

タイミングとは不思議なもので、私の実の妹が本震の直後に出産という、家族にとっても忘れられない1日となりました。

2016年4月16日 熊本

妹は、現在関東に在住ですが、第2子を出産するために熊本に2016年2月20日から帰郷していました。本震前の4月14日、震度6の時は、自宅で迎えました。陣痛がきていなくてよかったと思っていたら、4月15日21時ごろ陣痛が始まり、長男を夫の実家に預け、実母とともに病院へ向かいました。陣痛室から分娩室に移ったのが4月16日0:30頃だったそうです。

本震の時は分娩台の上

2016年4月16日午前1時25分、マグニチュードMj7.3の地震が熊本を襲いました。その時、妹は分娩室の分娩台の上で、5分間隔となった陣痛に苦しんでいる真っ最中でした。もうすぐ赤ちゃんが生まれる!準備万端!な状態だったそうです。ちょうど子宮口を診に助産師さんが来ていた時、本震でグラグラ、グラグラと大きく揺れたそうです。助産師さんは立っていられない、という感じだったみたいですが、妹は分娩台に横になっており、痛みに耐えていたので、わぁ!揺れてる!大きい!という感じだったそうです。

凄まじい揺れに驚き、廊下に待機していた母が、妹を確認に入ってきました。それから助産師さんは、妹の安全を確認後、ほかのスタッフとの話し合いに一度退室し、すぐに戻ってきたら、開口一番に「外に、避難します!」と言われたそうです。“え~!外??”、“これから?今?外??”という感じだったそうです。が、選択肢はなく、避難することに。隣では1時間ほど前に出産を終えた家族が1組いて、その人たちも一緒に、「みんなで避難しましょう」となったそうです。

避難

二人目だったから、出産の経験があったから、なんとかなるかな・・・?と思えたそうですが、初産だったら不安で仕方なかったと思うと言っていました。避難を始めてから、車椅子は?誰か持ってきてくれるのかな・・・?と思った甘い希望は、移動している間に、かき消されたそうです。何人もの新生児室を看護師さんが、大きな箱のようなものに大切に、でも急いで移動させ、慌ただしく、避難させている姿を見た時に、「あっ、私は外まで歩くのだな」と確信して、歩き続けたそうです。分娩室は地上2階にあり、ちょっと遠くの第2駐車場まで徒歩で避難したそうです。

 

陣痛の痛みで、動けない!という訳にはいかず、陣痛のない時をみて、止まり止まりでしたが、階段もゆっくりとでも急ぎ足で降りて、外までただただ歩いたそうです。熊本とはいえど、4月はまだ肌寒く、分娩台に居た妹はもちろん薄着、陣痛の間隔は短くなるばかり、時間も陣痛も止めることはできず、肌寒い、暗い外に先導されていったそうです。

 

余談ですが、私も同じ病院で出産したので、初めて話を聞いた時、そんなに歩いたの!?陣痛の痛みの波がある中、よく歩けたね!!!と驚きと、労いの気持ちでいっぱいになりました。

 

第2駐車場に移ってから、助産師さんが駆けつけて来て、「最悪糸1っぽんあれば、へその緒を縛れるから大丈夫!」と明るく声をかけてくれたそうですが、、、本人は、「え~!!!外で!?ここで産むの???」と思ったそうです。近くにはマンションもあるし、丸見えだ~~~!と・・・。そこへ、神の救いが到着。先生がご自分のバンを運転して来てくださったそうです。妹はその車の中へ、、、。

 

つづく

正木 左希子
A-LINE株式会社
ニュージーランド留学, UCOL Bachelor of Nursingにてニュージーランドの看護師免許取得、MCH Palmerston North Hospital 、TESOL(取得)、日本にて看護師免許取得、済生会熊本病院HCU勤務、熊本大学大学院医学教育部 生命倫理学分野 修士 同大学博士課程在籍中