アフリカで生きる  in エチオピア

アフリカで生きる in エチオピア

  • 2017年2月8日
  • コラム 海外看護
アフリカで生きる in エチオピア
アフリカで生きる  in エチオピア
↑バと車の共存>車が増えてきているものの、首都の中心部でさえロバを使った荷運びがまだまだ主流。

 

アメリカやオーストラリア等、医療先進国で看護を学んだり、看護師として実践している日本人はもはや珍しいことではなくなってきています。しかし、アフリカに目を向けるとどうでしょうか?青年海外協力隊やNGO等で地方の医療活動等にあたる日本人が思い浮かびますが、1人のスタッフとして現地の病院で働く看護師に出会うことは非常に難しいかもしれません。以前アフリカ3カ国、エチオピア・ザンビア・タンザニアに出張に行くという経験をしました。それまで私の人生設計の中に「アフリカに行く」ということはまったくもって想定されていなかったので、仕事の依頼が来た時は二つ返事でOKしました。

ドバイ経由で飛行機を乗り継ぎ、日本から16時間。同行した医師2人と共にエチオピアの首都、アディスアベバ空港に降り立つと、そこは標高2500メートルの世界でした。富士山の五合目とほぼ同じ高さです。滞在当日から高山病になり、酸素飽和度を測定したら93%という値が表示されました。どうりで苦しいわけです。呼吸器疾患の患者さんの気持ちが理解できました。こんな高所の環境が「日常」であり、市民は普通に生活したり走ったりしているのですから、エチオピアの選手がマラソンや1万メートル走で強い理由がよくわかります。

写真:<開発が進む街の中心部>建築中のビルの足場に目をやると、竹でできているのがわかります。安全上の理由から車から降りることを許可されていないため、車窓から写真を撮るしかありません。ちなみに車の窓ガラスは防弾ガラスでした。

 

エチオピアは世界最貧国の1つであり、世界各国からの支援を受けて成り立っています。そこにはもちろん日本も関わっており、主に外務省職員とその家族、JICA等の職員とその家族、青年海外協力隊など、当時100数十人が生活していました。

日本人医師がクリニックを開業していることはなく、病気になったりケガをした際は現地の病院を受診するしかありません。外務省から派遣される「医務官」と呼ばれる医師が大使館に勤務しているため、現地の医療機関を紹介してもらうことはできますが、現地で治療にあたることは禁止されています。

写真:<ヤギ販売中>車の往来が激しい舗装された道路から1つ曲がると路上でヤギが売られていました。経済成長中とはいえ、こちらの景色の方が市民にとっては日常のようです。

最貧国についてまわるのが感染症です。エチオピアも例外ではなく、HIV感染者が非常に多いことが問題になっていると現地スタッフから聞きました。国内でも特に私が滞在した首都アディスアベバで感染者の割合が非常に高く、国をあげて感染拡大に取り組んでいるとのことでした。対策の1つでしょうか、ホテルの向かいにあったコンビニのようなお店に買い物に行った際、レジ横の目立つところにコンドームが置かれていたのが印象的でした。

ここエチオピアで健康に生活することが非常に重要なテーマとなることは間違いない、そう確信しました。

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高山 真由子
シンカナース副編集長
慶應義塾看護短期大学  東海大学健康科学部看護学科 看護学士  早稲田大学大学院政治学研究科 ジャーナリズム修士  ニューヨーク留学  慶應義塾大学看護医療学部 慢性看護学実習指導  東海大学健康科学部看護学科 在宅看護学実習指導  東京都御蔵島村 保健師  シンカナース副編集長